§[ 巡り廻るも、君を辿る。:サンプルテキスト ]§


 …もうすぐこの宝探し屋たる男は此処を出て行くのだろう。もう、此処には《遺跡》がないから。なくなって、しまったから。
 この男は、そのさがのままに次の《遺跡》を求め移動する。…居なくなる。そうしたらまた寝苦しい夜を自分は過ごすのだろうか。一時は思いもしたが、たぶん、そうはならない。
 葉佩のことは忘れないから、だから、大丈夫だ。
 目覚めるたびに、言い聞かせる。



「なあ、皆守」

 まるで幼な子をあやすように、葉佩はおだやかな声で呼ぶ。
 皆守の部屋、ベッドに腰掛ける男はシーツに掌を弾ませ、此処においで皆守、と微笑んだ。

「この世界にはな、行ける場所なんて幾らでもあるんだよ皆守。わかったろ?」

 隣を見る、たったそれだけのことであったのに。こんなにも、重い。

「もう、枷は無いんだ」
「…葉佩」
「わかったろ。― わからないのか?」

 言葉もなく眼を瞠る皆守を、葉佩は静かに見つめている。

 この男はひどく突然に、何も用意していなかった皆守の胸を抉る。
 其れは、こごり強張った箇所だったり、やわらかくて脆い箇所だったり、様々ではあったけれども、すべて皆守の敏感な部分ばかりなのだった。

「お前は。自分に行ける場所なんてないんだって顔ばかりするけど。何処にだって、行けるんだ本当に。俺がこうして此処に来たように。俺がじき此処を出るように。自分が行こうとするかしないかで、至るための道が繋がったり途切れたりするだけなんだ。俺も、お前も、行ける場所は無数に在る。何処へだって、何処へでも。行こうと思えよ、そうしたら、…行けるから。行きたい場所はあるけどちょいキツいって思うなら遠慮無しに頼って来い、な。連れて行ってやるよ、俺がさ。何処にだって、連れていってやる。いつかお前が、自分の足で行く先を目指すその時までは」

 今日この日ほど、葉佩を莫迦だと思った日はないのじゃないかと、皆守の頭は暫く惚けるしかなかった。

 ― どうして、こんなにも。これほどまでに、こいつは俺にやさしく在ろうとするんだ。

 去りゆく者であるくせに。

「…俺が自分の足を使って好きなように歩き出したら、お前はどうするんだ」
 ひどく不思議なことを聞かれたとでも言いたげに、葉佩は静かにしばたいた。
「そりゃお前、決まってるだろ」

 当然らしく告げる。…皆守に、わかるわけがないのに。






― 九龍本「巡り廻るも、君を辿る。」(発行:彩ミドリ)より一部抜粋

すべてが終わってしまった後、ふたりが会話するのなら、というところから思いついたもの。
重くはないけれども、明るくも無く、ただただひどく静かな空気のなか葉佩が皆守をだきしめた、満ち潮の夜の話。

…しっかし、此処らへんだけ抜き取るとわりあいまともそうな感じなのにな。ところがどっこい、全編ほもに成り果ててしまいましたあれー…。


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