++++++『青灰色の、そのむこうに』

 日曜日、という一般休日に久しぶりに”休み”を貰った村雨だったが、特にすることが思いつかなかったせいもあり、何とはなしにぶらついていて、たまたま通りかかった河原の土手に寝そべっていた。

 休日特有の、家族連れが出す喧騒も遥か彼方に聞こえるほど、無頓着に。

 そのまま何とはなしに、近いようで遠い青の中に棚引く雲を眺めていたら、急に世界は翳り。同時に、周囲の音が鮮やかに甦る。

 「…」

 視線だけを軽く動かせば、其処には明るい色の髪をした少女が居て、村雨の顔を覗き込もうとしているところだった。腕にはしっかり黒猫を―メフィストを抱いて。

 目があえば、少女はHi!と蒼い瞳を輝かせながら無邪気な挨拶をしたので、村雨も片手を軽く上げる。これが二人なりの挨拶だ。普段と変わりないから、互いに元気なのだと分かる。

 「よォ、マリィじゃねェか。こんな場所で逢うなんざ、奇遇だな」

 「シコウがココに居たから、きっとマリィは来たンダヨ」

 「反対じゃねェのか?」

 「カナ?」

 にやっと笑う村雨に微笑い返し、マリィはぐるっと回り込んで隣に腰を下ろした。

 「ネ、ドウシテ寝転んでるノ?座ってても、上を見あげればソラは見えるヨ??」

 「座ってても、か。…まあそりゃそうなんだが……ああ、試しにマリィも寝転んでみな」

 仲間内で音に聴こえた素直なマリィは、こくりと頷くと、村雨と同じように土手に身体を横たえた。服や髪がどうだとか、そんな細かいことは良い。村雨が構っていないのだから、マリィだってかまやしないのだ。

 そうして、隣の男がしているように、マリィも空を見た。

 黒い瞳で見ても蒼い瞳で見ても変わらぬ色を、ただじっと。

 「転んだままで見る空も、いいもんだ」

 「…ウン」

 いつも、そうなのだけれど。低い声が耳に流れ込むのは気持ち良く、其れも手伝ってマリィは自然とやさしく相槌を打った。

 実際、寝転んで見る空は何だかとっても良かったからというのもあったけれども。

 視界いっぱいに広がる薄青の世界は、普段よりもずっとずっと透きとおってみえた。

 深く、どこまでも見透かせそうなほど。

 仄かに霞む彼方にあるものは、きっとひどくうつくしいものなのだろう。

 東京の空は云々と言うけれど、それでも、マリィは見ている世界をキレイだと思った。

 頬をくすぐる心地良い風に、メフィストがぱたん、と尻尾を振ったのが一つの合図だったように、また村雨は呟くように喋りだす。

 「転んだままで見る空ってのはな、今まで見えなかったものが見えてくるもんさ」

 「…今まで見えなかったモノが見えるノ?」

 「ああ」

 マリィがまっすぐ見つめる青と白のコントラストの中に、不思議なものが隠れていると、村雨は言うのだ。

 立って見る空ではなく、寝転んで見る空の中に映るモノは、何なのだろう。

 ―今まで見えなかったモノって、ナニ?

 村雨は、何を見たのだろう。何が見えたのだろう。静かに湧き上がる疑問は、勝手に唇をこじあける。

 「どんなモノが、シコウには見えたのかナ…」

 聞くともなしに囁けば、そうだな、と思案する声。

 「見たくなかったのもあるし、見たかったものもある」

 …深く染み入る響きは、吸い込まれそうだった。

 「イロイロ?」

 「色々だな」

 「デモ、見えてよかったッテ思うモノ?」

 少しだけ、時間が過ぎた。其れは答えに窮したからではなく、問われた意味を反芻するための時間だ。

 「普通にしてちゃ見えねェもんってのは、良きにつけ悪しきにつけ、考える材料にはなるからな。…だから俺は、こうしてるんだろうさ」

 「ソッカ」

 ふと見た横顔は、オトナの顔で。マリィは改めてシコウはすごいナ、と思った。どこがどうとかではなく、ひっくるめてすべてを。

 「シコウは、いっぱいいっぱい見てきたんだネ。…ダカラ」

 そこで一旦話すのを止め、メフィストをぐっと抱き上げる。嫌そうに足をまごつかせるのを少しだけ放置しながら、あたたかな笑顔だけをまた村雨に向けた。

 「ダカラ、ステキな男の人なんだネッ」

 仲間内で音に聴こえた素直なマリィは、時折周りを戸惑わせる。無論、村雨も例に違わず…だったのだけれども、やはりそこは村雨なので。当然だと言いたげに、ふふんと笑ってみせたのだった。

 何倍も大きな手を横から伸ばし、マリィの手の内にあったメフィストを気をつけて攫うと、自らの身体の上に落ち着かせる。

 「お前のご主人様が言うんだから、最高のお墨付きだな」

 無骨な見た目とは正反対にやさしい手つきは、メフィストの喉を鳴らし、足をつけることが出来た安心感も手伝って、黒猫は其の長い尻尾で男を撫でた。

 ―其れは嬉しいと。

 陽光に目を眇めるふりをして、村雨は微笑った。

 …マリィは聡い。だから、相手が言わんとしていた意味は何となくでもわかったし、理解したいと思った。

 けれど、たぶん村雨はもっと聡いから。マリィに伝わったかどうかなど百も承知なのだ。




 あとは二人して、陽だまりの中。


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オワリ。



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村マリSS、5作目です。この二人で書いていると、どうしようもなく雰囲気がやさしくなるの
で、とてもとても書き良いです。…村雨が、穏やかすぎるなあと思われるかもしれませんが
そこはそれ、マリィ効果ですから。(笑顔)渋くてカッコイイ村雨も好きではありますが、私は
こういう感じの村雨も、好きで致し方ありません。や、だからこうして書いているのですけど
も。はてさて、えーと今回のお話は、河原でのんびりでございます。村雨が言いたかったこ
とと言うのは、まあお好きなように解釈なさってください。私が言うのもなんですしね。

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呉崎つかささんが先日お誕生日でしたので、お好きだと言ってくださった村マリをまたもや
捧げてみます。お祝いの気持ちだけは(だけはっ!!)精一杯こめさせて頂きました。

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モドル