+++「苺ケーキの作り方」



 今日は、美里葵の妹―義理だけれど―のマリィが一人で留守番の時間があった。

 だから、マリィが学校帰りに寄る某病院の看護婦、高見沢舞子に、自分が帰るまで共に居てやってくれと頼んでいた。

 なのに。…なのに。

 玄関にて、小さめの少女の靴に並ぶ、見慣れぬ男物の靴。

 「…珍しいお客様ね」

 「……どうも」

 慌てて駆け込んだリビングには、困った風に眉を少し顰めた細身の男。

 ―…壬生君?

 安堵とも溜息とも付かないが、美里は一つ息をつくと、真直ぐに男―名を壬生紅葉―の顔を見。

 ”いらっしゃい”を、やけにゆっくりと口にしたのだった。

 が、壬生がお邪魔します、と返すよりは早く、次の質問が飛ぶ。

 「でも。どうして、貴方がこの家に居るのかしら?高見沢さんじゃなくて」

 「……其れは…僕にも、よく分からないのだけど…」

 そう言って、壬生が視線を流す先には、吹き消されたロウソク付き苺ショート(食べかけ)及び…

 「オカエリ、葵オネーチャン!!!待っててネ、スグにオネーチャンの分も用意するカラ」

 ぴかぴか笑顔のマリィ。+ご機嫌よろしげなメフィスト。

 「ただいま、マリィ。そうね、お願いするわ…………あら。ねぇ、壬生君?」

 キッチンへと消えるマリィを見送りながら、美里がちらりと見遣った壁のフックには、使用したと思われる自分のエプロンと、マリィのエプロン。

 「……」

 「だから、どうしてなのかしら?」

 笑顔だ。…あくまでも、笑顔だ。……あくまでも。

 「…………特に予定が無かったから、その…成り行きで…」

 微妙に混乱しているのか、文があやふやだ。

 其れが自分でもわかるのか、もうそれ以上は聞かないでくれと言いたげに、ケーキをまた一口、口に運ぶ壬生。

 …食べ物を口に入れることで、質問、いや寧ろ尋問と言うべきものから逃げたのだ。




 話は数時間前に遡って。


 「ねえ、紅葉」

 いつものように母を訪ねた壬生。そして、いつものように退室しようとした壬生。

 …だが、普段は無い、呼び止める母の声。

 「ん?」

 「おめでとう」

 振り返った先で静かに微笑んでいる母に、僅かに目を見開いて、けれど直ぐに。

 「…ありがとう」

 やさしく。

 やわらかく。

 返る言葉に、柔らかく笑みを深めて、壬生の母は「いってらっしゃい」と手を振った。

 ―いってらっしゃい?

 母が、「いってらっしゃい」などと言ったのは、午前も早くに母を見舞ったからだろう。

 これから、息子は何か予定ありとでも、思ったのだろうか。

 確かに予定はあったが、薬の減り具合にそろそろだと気付いて、新宿は桜ヶ丘中央病院へ行くことくらいだ。

 ―…岩山先生のところへ行ったら、新宿の本屋にでも、寄るかな。

 閉めた扉に背を向けて、無理やり予定を考えながら困ったように微笑う。


 そう。確かに其の時点では、予定はそれだけだったはずなのだ。

 はずだったのだが。

 数時間したら、戻っておいでと岩山に告げられ、色々な理由で居辛い桜ヶ丘(産婦人科病院)から、そそくさと抜け出して、さて本屋へでも、と去ろうとした壬生。

 「みぶくぅーん、まぁってぇ〜っ」

 壬生は、去ろうとしたのだけれども。

 其れを、聴覚の良さが無くとも、誰であるか、はっきり分かる明るい声が引き止めた。

 ―今日は、呼び止められる日なのか。

 頭の片隅で妙なことを考えながら立ち止まると、巻き毛の看護婦、高見沢が手をぶんぶん振りながら、玄関前の壬生に寄って来た。

 「ねェねェ、今日はァ、”じゅーっぶん”、ヒマ〜??」

 「…別に、然したる予定も無いけど」

 妙な部分が強調されているのが気になったが、正直なところを告げる。

 其の反応に、良かったァ〜!と喜ぶ高見沢の手招きで現れたのは、マリィだった。

 …はにかむ表情は、何だか嬉しそうに見える。

 「マリィちゃん、壬生クン、とぉってもヒマだって〜。良かったねェ、頑張ろうね〜!」

 「ウンッ。マリィ、がんばるヨ!」

 違う、かなり嬉しそうだ。…何を頑張ると言うのだ。いや、其れ以前に「かなりの暇人」呼ばわりされている気がするのは、どうしてだ。

 まあでも、壬生はそう言うことに深く突っ込む人間でもないので、黙って、高見沢の話を聞くことにしたのだった。

 その話の要点は、美里に頼まれたマリィのお世話係を交代してほしいとのこと。

 「…僕で、良ければ」

 多忙らしい高見沢から手を合わせて頼まれるのを、断る理由も無い壬生。

 予定は無い、と答えた身であるし。

 マリィも、高見沢から壬生へバトンタッチされたことに拘りも無いようであったから、遠慮がちではあったが了承した。

 …壬生が今更どう答えようと、世界は知ったことではないのかも、しれないし。

 そして、高見沢のいってらっしゃい&頑張ってぇコールに背を押され、マリィに引っ張られて、壬生は新宿の街へ。

 「…さて、そろそろ用件を教えてくれるかな」

 「エットネ、壬生って、お菓子作るのトクイだよネ?マリィ、イチゴのケーキが作りたいノ!…手伝ってくれる?」

 光に彩られた、マリィの蒼い瞳。

 不可思議な魔力でもあるんじゃないだろうかと言う気にすらなってくる、うつくしいもの。

 本人は意識せずに浮かぶ、壬生の笑顔。

 「わかった。それじゃあ、君の家に無いモノを買い足しに行こうか。…菓子作りに必要な道具は、美里さんのことだから…一通り揃っているとして…」

 「マリィ、ちゃんとホン、見てきたヨ!デネ、マリィのオウチにはイチゴと生クリームがナイだけナノ。道具だとか、フツウに使う材料なら、チャントそろってるヨ」

 「そう。なら、適当なスーパーにでも寄って、その2つを買っていこう」

 「ウンッ!」

 一生懸命意思表示をするマリィを見ながら。

 何故自分が代打に選ばれたのか、…何となく理解した壬生紅葉。

 隣のマリィが、壬生が微笑うのを見て、ウレシイナと思っているのは、知らない。



 仲良く買い物袋を下げて、向かう先は美里家。

 日々の生活で培われた主夫の目及び天性(野生?)の勘をフル稼働して得た、戦利品…もとい材料に、製菓道具。

 広いキッチンテーブルに並べるのさえ、マリィには楽しくてしょうがない。

 …マリィが渡してくれたとは言え、美里家のエプロンを無断借用している壬生は、正直、気が気でない部分があったが。

 着用しているエプロンに、”AOI”と刺繍が入っているのには、気がつかないフリをすると固く決心をしていたりした。

 「…じゃあ、始めようか」

 そのようなことは、おくびにも出さないが。

 「オネガイシマース!」

 「みゃー」

 「お願いします」

 丁寧に挨拶を交わし合って始まった作業は、実に滞り無く進んだ。

 流石、あの美里葵の薫陶を受けているマリィなだけはあって、壬生が適度なサポートをしやすい基礎が出来ている。

 スポンジが完全に冷めるのを待つ間、もう使わない道具を洗ったり、間に挟むジャム作りをするのも、手際が良い。

 ただ、やはり力が弱いのは否めず、生クリームの泡立てに代表される混ぜる作業は、壬生がメイン。

 「…壬生ッテ」

 「ん?」

 「デンキの泡だて器、使わなくってもできるンだネ?スゴイネ!!」

 「…まあ、慣れているから」

 「ウン、スゴイッ」

 「すごくは、無いよ」

 「…壬生?てれてるノ?」

 「……ちょっとね」

 にこーっとマリィが微笑うにつられて、小さく笑みを浮かべる壬生。

 そうこうする内に、ぴんっと角がたった生クリーム。

 「クリームの搾り出しは、マリィがやるかい?」

 「上手にできるかわからないケド、マリィがしてイイノ?」

 「勿論」

 などと言う、とてもほのぼのとした、お菓子作り。



 直ぐに食べたいというマリィの願いを受けて、ケーキを冷蔵庫で冷やしながら紅茶の準備。

 壬生によって、実に美しく切り分けられた苺のショートケーキを前に、二人(と一匹)のためのお茶会が催されようとしたのだが、いざとなって、マリィは席に着こうとしない。

 「マリィ?」

 「エット、アノネ」

 「?」

 「マリィがイイって言うまでネ、目を閉じて、待っててくれる?」

 「わかったよ」

 言われた通りに、目を閉じる。

 ぱたぱた、ぺりぺり。

 マリィが立てる音に関心が湧かないわけではないが、おとなしく待つ。

 そして、柔らかいものに何かが刺さる気配がしたと思えば

 「エイッ!」

 壬生の直ぐ近くの一点を中心に、空気が暖かくなる。

 目を閉じていようが、マリィが<力>を使ったのはわかった。

 此処で<力>を使う理由は、わからなかったが。

 「OK、壬生、目をあけてイイヨ!」

 許しを得て、うっすらと開く瞼の隙間に、あかく揺らめく小さな焔が見え、その焔を尖塔に頂くロウソク付きのケーキがあった。

 ―先ほどの音と<力>は、これの為だったのか。

 暫くロウソクの焔を見つめていたが、はたと気付いて、真向かいの席のマリィを見る。

 「Happy Birthday!!」

 壬生と目が合った瞬間に言おうと決めていたのだろうか。実にタイミングがバッチリだ。

 「…知っていたんだ?」

 「ウン、ダカラネ、コレは壬生のためのケーキナノ。舞子オネーチャンに手伝ってもらって、壬生のトコロに届けようと思ってたんだケド、壬生と一緒に作れてヨカッタ!」

 「僕も、マリィと一緒に作れて楽しかったよ。…ありがとう」

 「エヘヘ、ジャァ、食べてみて?」

 「ああ」

 当の壬生の手も多少関わってはいるが、マリィが壬生のために作ったものだから、”食べてみて”で表現は正しいだろう。

 マリィが見守る中、静かに、フォークがケーキに沈み込み、掬い上げられた一口が、壬生の口に入る。

 「…オイシイ?」

 「とても美味しいよ」

 言うと同時に、ぱあっと広がるマリィの笑顔に、壬生も笑みを返そうとしたのだが。

 玄関のドアが開いて閉まる音と、少しの間を置いて、急ぎ近づいてくる足音。

 壬生だ。壬生だからわかる。

 マリィが父母と呼ぶ存在ではない者だ。

 何と言うか、今、出来うる限り逢いたくない者だ。

 ケーキと共に唾液を飲み込む音が、頭蓋骨内で嫌に響く。



 そうして、話は冒頭に戻るのだ。




 「…壬生、どうかしたノ?」

 美里を交えてのお茶会を終え、片付けを率先して行おうとしたら、”うふふ、お客様だもの、後は私に任せて?”と笑顔で追い出され、手持ち無沙汰な壬生。

 どことなく顔色も優れないようで、ソファでぐったり、なる形容が似合う。

 「いや、何でも無いよ」

 それでも、心配してくれるマリィには気丈に振舞うあたり、頑張っている。

 「ホントに?マリィが何かムリさせちゃった??」

 「それは無いよ。安心していい」

 そう、其れは無い。マリィの所為では決して無い。

 言い切ったにも関わらず、まだ不安そうなマリィのふわふわした金髪を軽く撫でる。

 「本当だから。今日は、楽しかったし、嬉しかったよ」

 「…ン」

 「それじゃあ、そろそろ僕は帰るよ。あまり長居しても、美里さんに迷惑だからね」

 マリィのお蔭でか、回復した気力をもって立ち上がり、上着を取って。

 ―…壬生。

 けれど。控えめに呼ぶ声に、帰り支度をする手を止める。

 「また、一緒にナニか作ってくれる?」

 「いいよ。…僕で良ければ」

 言うと、マリィは首を傾げ。

 「マリィは、壬生がイイヨ?壬生でイイんじゃなくって、壬生がイイヨ?」

 「……ありがとう」

 こういうところが、マリィの良いところなのだろう。

 にじむように微笑う壬生に、マリィも微笑った。




 その後の壬生紅葉:

 美里(家)から、送り出されて出て来た壬生は、本日における唯一の予定であったはずの物事を思い出し、慌てて桜ヶ丘は院長室を訊ねたのだが。

 空気が、重い…。

 「すみません…忘れていたわけでは、無いのですが」

 薬を受け取るが早いか、ドアにできる限り近い立ち位置を確保する壬生。

 「高見沢から聞いてるよ」

 良かった…と、ほっとしたのも束の間。

 「若くて可愛い娘とデートに行っちまったんだって?ひひひッ、イイご身分だねェ…?」

 「…ちが…っ…」

 「そんなに怯えんでいいだろう?ほら、コーヒーでも飲んで落ち着きな」

 ぎぃっと、鈍い音を立てる椅子。ゆらりと立ち上がる、ボリュームのある体型。

 「いえ、結構です…ッ。し、失礼しました、代金は、またいつものように振り込んでおきますからッ」

 壬生は、後ろを振り向かなかった。

 …桜ヶ丘の院長室から青年が飛び出してくるのは、やや以前まで頻繁に見られた所為だろうか。

 看護婦連中に「あー、久しぶりねー…」なる目で見つめられつつ、壬生は桜ヶ丘を必死で後にしたのだった。





 ※苺のケーキを作るのは難しい…という お話?




+++Fin


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マイナーカップリング「壬生マリ」です。好きなんですよー…。


壬生のBDネタは、本当に直前まで決まりませんでした。えーい、壬生め。
(悪いのは壬生ではなくて、ワタクシです。ぬぅ。)

何とか決まってから、その、急いだのですが、当日は逃してしまいました。

とほり。遅筆でゴメンね、くれはん(※壬生のコトらしい)…。


あ、タイトルですが。深くは考えずに。うふふ。


んー…。このお話、ほのぼのシリアスじゃなくて、ほのぼのギャグですよねー…。

ふ。(意味のわからぬ笑い)

マリィや美里嬢が絡むと、お話が組み立てやすくて良いです。ありがとう!(笑)

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