---桜唄---


 ― 明日は、何の日だったかな?

 ― さあ。私には皆目見当もつきませんよ。

 ― …そう。……明日になれば、わかるかな。

 ― ……どうでしょうね。






 そうして一夜明けた今日は、9月30日。

 結界に護られ、常人の入り込むこと許されぬ側の浜離宮。


 「…お邪魔いたしております」
 御門が訝しげな目線を遠慮無しに投げかけようが、娘は誰に対してもそうするように、静かに丁寧な礼で返した。
 つやの良い黒髪が、肩を流れる音すらも明瞭に聞こえる静けさの中。
 此処に”居るはずの無い”娘は、そっと顔を上げると、実に品の良い微笑みを御門に向けた。



 「お久しゅうございます、御門様。お元気そうでなによりですわ」
 「これはこれは…織部の妹巫女の。…”このような処”で逢うとは真に奇遇ですね」
 逢うこと自体がおかしいと、傍目にもありありと、刺を含ませ言い放つ。
 「くすくす……。星の巡りの中では、些細なことですわ」
 鈴を振ることで出る音を、人の笑い声に例えたのは、間違いでは無い。…まさに、そのように微笑う娘がいるのだから。
 「些細、と言ってしまえる程度では無いと思われますが?ここが何処か、わからないわけでは無いでしょう」
 けれども。そんな風に微笑う娘を前にしても、男の慇懃な物言いは決して柔らかくはならない。
 「ええ、ここは”浜離宮”―またの名を”星見の住まう桜離宮”―とも。良く、存じ上げておりますわ」
 詠うように述べ、娘はまた微笑った。
 「……私の記憶する限りにおいて、御招待した覚えはありませんが」
 「あの方が」
 わざとらしく溜息してみせれば、娘は些か悪戯めいた笑みを浮かべ、一単語だけを発した。
 勿論、御門の眉間には極僅かに皺が浮かび。
 「あの方が、私を含め、皆様をお呼びになりましたの。…じきに、他の方々も参られることと思います」
 しかしそれに屈することなく、娘は、穏やかに続けた。
 「…皆?」
 「ええ。懐かしい方々ですわ…」
 目の前に立つ男を見ているけれども、かつて其処に在ったものを見るような…懐かしむ娘の瞳。
 娘の言う”あの方”が誰なのか、そして”皆”とは誰彼を指すのか…薄々とは気付いてはいたものの、御門は、娘の見せたその瞳の奥―其処に全てを見出した。
 そして、深く静かに嘆息をつく。
 「……何故、あの人はそのような…解せませんね」
 「あら、お忘れになりましたの?…本日は、まことに良き日をお迎えになられましたのに」
 ― それとも、わざとお忘れなのでしょうか?…御自分のお生まれになった日ですのに?
 問われ、素直に答える相手ではなくとも、娘は柔らかな声音で問いを重ね。
 「…術師たるもの、己が生を受けた日を世に知らしめるのは、愚行です。何時、何処で、誰に知られるともわからないというのに、貴女方に知られては困るのですよ」
 仕方無しに、御門が答えてやるならばすぐに。
 「御門様は、知られたからとて…そう易々とお倒れになるような御方ではありませんわ。いえ…むしろ、相手の方のほうがお可哀想な状態になりますわね」
 言い終わりにあわせて小首をかしげ、娘は僅かに苦笑めいた顔。
 「それは、無論です。…私の実力を、貴女は良く御存知のはず」
 …自負が敗因を呼ぶこともある。今日この時は、ある意味そうだった。
 「なれば」

 ― なれば、良いではありませんか。

 ふわりと娘が笑み。
 舞い散る桜の花弁が、それをそっと包み込んだ。
 闇の黒と夢の薄桃が交じりあい、色鮮やかな対比を織り成す。

 御門は、なおも言い募ろうと唇を形作りはしたものの。
 突如、娘の後方に現れた者へ注意を向けたがために、言おうとしていた台詞は口中で消え、代わりに誰何の声が放たれた。
 「どうしました、芙蓉」
 「……晴明様。真に勝手ながら、秋月様及び御主人様、両名のたっての命により、…晴明様にお伝えせぬままに…皆様方を此方に御連れいたしました」
 芙蓉、という名の式。その者が御門に述べた口上の中の”絶対”。
 唯一にして至上の主。
 「…秋月を、動かしましたか。……貴女方は、なかなか悪知恵の働く方々ですね」
 ― 仕方ありません。
 ぱちん、と扇を畳む動作も優雅に、御門はあっさりとしたものだった。
 ”秋月”その名を出された以上、拒む理由もごねる訳も無い。
 …いや、あってはならない。
 「ふふ」
 ― 貴方様の上を行かなければ、勝てませんもの。
 満足げな笑みの奥で、娘はそっと囁いた。

 「…抜け駆けと、言われましょうけれど。一足早く、言わせてくださいまし」


 ― 御生誕、おめでとう御座います ―


 娘の祝いの言霊を皮切りに。
 風すらも音を立てるのを憚る静かな離宮内を、打って変わった賑やかさが満たしていった。





 ― 今日は、何の日だったかな。

 ― …私が、貴女方に嵌められた日ですよ。

 ― ふふ。…でも、楽しかったでしょう?

 ― ……どうでしょう、ね。どうぞお好きなように解釈なさってくださって構いませんよ。

 ― うん、わかった。

 ― …おめでたい人ですね。

 ― だって、おめでたい日だからね。






FIN


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御門さん、ニセモノッ!!!(苦)
何とか何とか、御生誕記念にSSを書きたいと一念発起したところまではいいのですが。
…誰ですか?(乾笑)手強い人です…ワタクシには手におえません…ッ…。

好きなのにぃ(笑)。

ちなみに、織部の雛乃嬢がお相手に上がったのは、御門さんに素で対抗できるおなごという
コトで白羽の矢が。御門・雛乃を推奨しているわけでは…ごにょごにょ。
(う、実は好きです…ここだけの話)

最初と最後、御門さんが誰と話しているのか?それは貴方のお好きなように御想像なさってくださいまし。

あ、それからそれから。タイトルはすごく適当です。睡魔に取り付かれた頭でようやっとひねり
出した代物です。何かいい題名思いついた方いましたら作者まで…。(必死)

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