+++「昼時に吹く風」



 どこか紫がかったような不思議な黒さ。

 ――面妖な色だ。

 そうは思いつつも、その色を持つ瞳で見られるのは悪くは無かった。

 悪くは無かったから、特に集中を要する場合を除いてのみ、その瞳で見るは自由と認めた。

 誰が見る、とは、村で有名な「娘さん」が。

 何を見る、とは、村で知らぬ者は無い「実験」を。



 もう少しで昼時かと言う時分のこと。

 ”工房”と称される、とある家屋に雪花は居た。

 珍しいモノが溢れており、見たことも無いモノが作られる其処は、とてもとても楽しい。

 作業をする”工房主”―嵐王の傍らに座って、其の様子をきらきらと目を輝かせて見る様は、まるで子どもだ。

 「ね、嵐王さん」

 「…嵐王で良いと、前々から言うておろう」

 「じゃぁ、えぇと。…嵐王?」

 「何だ」

 「あのね、…今日は、何を作っているの?」

 金属塊や木片が擦れ合う音が、止む。

 「……知りたいか?」

 「うんッ!わからないから、知りたいの」

 雪花の返事を聞いた嵐王は、作業の手を休め。

 そして其の手は、顎の下へ添えられ、思案しているのだということが見て取れる。

 「…?」

 「実はな…儂自身…」

 「???」

 覆面の所為で、ただでさえくぐもって聞こえるのだが。…小声だと更に聞き取りにくい。

 「いや?もしかすると…。それを此処に填めるかどうかで…」

 「…これを此処にね?」

 「そう、其れを…!??!い、いかんっ!!!」

 「…ぇっ?」

 時すでに遅し。

 嵐王が欠陥に気付くのは、断片的に漏れ聞こえる独り言を”説明”だと勘違いした雪花が、”其れ”を填め込んでしまった後だった。



 ぼふっ。



 …妙に可愛らしいが、とりあえず爆発音には変わりないし、煙も出ている。

 こういった不慮の事態が起こった場合、覆面は顔を守るにも最適であるからして、嵐王は問題無い。

 そう、嵐王は。

 「…」

 あらかたの予想はついていたが、真意を確かめるべく、ゆっくりと顔を横へ向ける嵐王。

 けほけほ。

 予想に反せず。灰色に煙る一帯の中心には、ただただ咳き込むしかない雪花が居た。

 「…暫し、我慢しておれ」

 すぐさま風を通し、室内の換気を行えば、爆発の程度が程度であるから、幾ばくもせずに煙は消え。

 そうして元に戻った空間で、嵐王は雪花に、先ほどの事態における謝辞を述べていた。

 「すまん…。儂は、実験中などには、良く独り言を口にしてしまうのでな」

 「ううん、嵐王は悪くないの。勝手なコトをした私が悪いの」

 嵐王の声が震えている気がするのは何故だろう?と不思議に思いながら、自らも謝る。

 どう贔屓目に見ても、雪花の自己責任であるのは明らかであるし、何より嵐王の実験を台無しにしてしまったのだから、謝るのは当然のことなのだけれど。

 …更に言葉を重ねようとする雪花を、静かに手で制する嵐王。

 「いや、しかし…その顔は…」

 「…かお?」

 「……表の水桶に、今朝方汲んできた水がある。早急に、顔を洗うことを勧めるぞ…」

 「煤が付いてるの?」

 「まあ、少々な…」

 「ちょっとだけなのね?」

 「…うむ」

 さらに、声の震えが目立つ。

 何がなにやらわからぬまま、手渡された手拭いを持ち、土間に降りる雪花に悟られぬよう…くつくつと、嵐王は笑いを篭らせた。

 「嵐王?」

 別に不穏なものを悟ったわけではないのだが、雪花が何とはなしに振り返れば、嵐王の様子がおかしい。

 「いや、何でも無い。早く行け」

 …聞かれたからとて答える道理は、嵐王には無いらしい。

 小首を傾げつつも、換気の為に薄く開いた木戸を更に大きく開こうとすれば、雪花がそうするまでもなく。

 コツコツ叩く音から間もあけずに、外が開けた。

 うすく吹く風を受けて、戸を開いた者の赤い髪が、緩やかに広がる。

 「悪いが邪魔をする。嵐王、雪は此処に居るか?」

 「父上様!」

 ”雪”と呼ばれるのも好きであったから、天戒には”雪”と呼んでもらうことにしていた。

 だから、”雪”と呼ばれて、嬉しくて、其処までは、雪花にとって良かったのだが。

 探す者の声に、下を見た天戒は、滲ませた穏やかな微笑をすぐに消した。

 代わりに。

 「…はーっはっはっは!!」

 「ちちうえ、さま…?」

 突如あがる笑い声に、動揺を隠せない雪花の後方で、嵐王が呟き。

 「…いやはや…愉快ですなぁ、若」

 「全くだ…っ…」

 笑いながらも、天戒がそれに頷く。

 「なぁに?なぁに???」

 「…ん?雪は、気付いていないのか?」

 「教えておりませぬゆえ」

 「だからっ、なぁに?!」

 一人、範疇外で焦る雪花は、天戒に手鏡で顔を見てみろと言われ。

 「かがみ…?」

 「そうだ。確か、桔梗から貰ったものがあっただろう」

 「えと…。…………」

 ごそごそと懐から取り出された、小さな手鏡に映る顔は…見る間に紅くなり。

 即座に手鏡から目を逸らし、言葉もなく俯く雪花の髪を、天戒の指が軽く梳く。

 「そう落ち込むな。すぐにでも、顔を洗いにゆけば済む」

 「や」

 否定を込めて、微かに頭を横に振る。

 「そうもいかんだろう。…布で拭うだけでは落ちんぞ?洗わねば」

 「やだぁっ!こんな顔で外に出たくないのー!!」

 諭す言葉を撥ね付け、先程よりも強く頭を振る。

 其れを見て、困ったものだと軽く息を吐くも、どこか天戒は楽しげに微笑い。

 「…俺に隠れれば良い」

 「ふぇ?」

 やさしく投げかけられる発想に、思わず顔を上げれば、”してやったり”と満足げな天戒と目があってしまって、慌てて、また俯く。

 「つまりだ、俺を隠れ蓑代わりに、表へ出れば良いと言っている」

 「…」

 噛み砕いた説明をしてやると、雪花は左右の指と指を絡ませては解き、また絡ませては、と中々にわかりやすい反応を示し始めた。

 「その顔さえ見られなければ、構わぬだろう?」

 「…ぅー…」

 まだぐずってはいるものの、反応は上々で、もう一押しというところ。

 「ああ、じきに食事も出来上がるな?急がねば、澳継が先に食べ始めてしまうぞ?」

 「!だ、ダメっ!!澳ちゃんも一緒に食べるのっ」

 其れはもう、とても素早かった。

 …言った本人である天戒すらも少々面食らうほどに。

 しかし、驚く顔は直ぐに、やけに納得した面持ちへと変貌を遂げる。

 「そうか。なら、顔を洗いに、急ぎ外へ出るとしよう」

 「………うく…」

 すこうし眉を寄せ、唇を引き結ぶあたり…

 「若の勝ちで御座いますな」

 …らしい。

 「そのようだ。嵐王、長く邪魔をしたな。では、ゆくぞ?雪」

 返事の代わりに伸びた腕が、天戒の服に皺を生む。

 「……ちゃんと、隠してね?」

 「確かに、承知した」

 出て行く二人に入れ替わるように流れ込む風を孕み、嵐王の長衣がはためく。

 「やれやれ…」

 吹く風が、なりを顰めるを待ち、きっちり戸を閉めた。

 ――やや迷惑な風だったな。

 …などと思いながら。





 そうして、また黙々と実験をやり直し始めた嵐王だった。

 


+++終。 

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外法帖SS第参弾です。…うふふふ。
素晴らしく見事に時代考証考えナシで。というか、そうでないと書けません…。
(毎回この出だしを貫くつもりらしい)


またまた親子愛な関係の御屋形様と女主ちゃんのお話です。

えーと…ゲストキャラ(嵐王)が存在薄すぎのよ、う、な…っ。
…あれぇ?(首傾げ)

まあそのなんですか、
モノの見事に御屋形様と雪花ちゃんのラブっぷりを傍観する役に成り果ててるね。
とか思うのは自由ですよ、ええ、事実ですから。(爽やかな笑顔)

結局、雪花ちゃんの顔についた煤(すす)ってどんなモノだったの?と言うのはですねー…

各自、ご自由に想像なさってください。(逃げた)

◆◇◆

このSSは、まいはにーこと姫鏡(桔梗)サマへ捧げさせていただきます。

一周年おめでとー!!!【愛】

(…遅れまくった上に、何の祝いにもなってませんがのぅ……。)
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