+++「呼称」



 雪花が鬼哭村で経験した初めての戦闘が終わって。

 周りを囲む村人たちから離れ、屋敷へ帰る道すがらのこと。

 少し遅れて、天戒の後ろから、雪花は歩く。

 じぃ、っと天戒の背中を見つめる雪花を、桔梗と風祭が横目で見ていたが、雪花は気にもしてなかった。

 いや、気にしていなかったのではない。気になるのは視線ではなく…天戒だったからだ。


 ――…其処で、幕府の人たちと、闘った。

 ――村の人たちを、守りたかったから。

 ――きっと其れが、私に出来ることなのだと思ったから。

 終わったら、そう。村の者に囲まれて…九角天戒、と名乗った目の前の男が、どれだけ好かれているのか、よくよくわかった。

 御屋形様、御屋形様、と賞賛の声が絶え間なく続くのだから。

 ――村の人を、とっても大切に思ってるんだ。村の人に、とっても大切に思われてるんだ。

 好ましい、と雪花は思う。そういう人柄を、好ましいと。

 ――昔、同じように思ったひとが居て。その人に、この人は、似てると思う。

 だから、好ましい。

 その人とは、誰だったか。…其れほど悩むことも、無かった。

 ――ああ、やっぱり

 ――…似てるね。

 「…ちちうえさまだぁ…」

 ――そう

 ――父上様に、似てる。

 もやもやとした想いを定義付ける事が出来たそのとき、闇に笑顔がふうわりと融けた。

 「ん?何か言ったか??」

 耳聡く呟きを確かめた天戒が振り向いた時も、其処には笑顔があった。

 「父上様…」

 「…それは、俺のことか?」

 聞き間違いかもしれん。天戒がそう考えたのも無理は無く。

 聞き間違いだろう。傍らで聞く二人がそう考えたのも道理と言える。

 だけれども。

 こっくり。…素直に、答は返る。

 ”聞き間違いではない”と。

 「………」

 歩む足も、話す言葉も、暫し、その働きを忘れた。…其れは天戒だけでなく、共に居た桔梗、風祭も同じく。

 …無理も無いこと。

 「あのね、父上様って呼んで良い?」

 そんな、何とも表現し難い3人の面持ちを物ともせず、了承を得ようと、改めて訊ねる。

 「…何故だ?」

 己と殆ど年の変わらぬ娘に、父と呼ばれて…僅かなりとも動揺せぬはずも無い。

 それでも、天戒は落ち着きを失わぬよう努めた。

 「あのね、父上様みたいなの。だから、あのね、父上様って呼んで良い?」

 懸命に。…懸命に、呼びかける。

 「…駄目だと言えば?」

 その眼差しを受けて、また一つ、天戒は問いを重ねた。

 「哀しい…」

 哀しい。そう呟いて、瞳を伏せる。

 其れは、強く響き。…ひどく、心に障るものだった。

 「……。俺は」

 慎重に。…慎重に言葉を選んでから、再び天戒は話し掛ける。

 「俺は、お前の父親ではない。だが…父のように慕うというのを、咎めはせん」

 「じゃあ、父上様って呼んでも良いのね?」

 風祭が、よろけた。

 断りとも快諾とも取れる物言いは、まことに都合良く処理されたのだ、と。

 「…好きにするがいい」

 天戒が浮かべた苦笑いを見て、酷く懐かしいものを見つけたのか。

 微笑う。

 「…ありがとう」

 ――本当に、ありがとう。

 心の中であったから、誰にも聞こえなかったが。もう一度、ありがとうと言った。

 与えてくれたものは、とても。とても、懐かしくて、懐かしくて…嬉しかった。

 自分の我儘を聞いてくれたことも、嬉しかった。

 ――この人は、本当に、素敵なひと。

 親しみを込めて、雪花は微笑ってみせた。かつて、父と呼んだ彼の人に見せたものと同じものを。

 「ふっ…」

 低く微笑う声は、誰の耳にも心地良かった。

 そのような者たちを見て。

 「天戒様は、お優しい方ですねぇ」

 微笑う桔梗はしかし。

 「…あ。えぇっと…それでね、だからね、桔梗は母上様って呼びたいの。…良い?」

 ――何が、”だから”なんだいッ?

 …降りかかるとは思わなかった火の粉に、危うく三味線を取り落とすところだった。

 「さあ、桔梗…お前は、どうするのだ?」

 笑いを含む物言いの傍らには、期待のこもった笑顔。

 「……。ああもうっ、好きにおしよッ!!」

 ほんのり、頬が赤らんだ見えたのは。…仄かに揺れる灯りの所為だとしておく。

 風祭?風祭は

 「…ったく、勝手にやってろよ。俺は関係ねぇからなッ!」

 叫ぶが早いか、走り去ろうとした。…したのはいいが。

 「澳ちゃん?どうして怒ってるの??」

 「なッ!?!?だ、誰が”澳ちゃん”だ、テメェッ!!!!!」

 「…澳ちゃん」

 見つめる瞳は、確かに風祭を映していた。

 「…なかなか、良いと思うぞ?」

 「…天戒様の言う通りだね。お似合いだよ、坊や?」

 こらえるものは、きっと。

 「笑うなァー!!!」

 こらえきれずに、零れる。

 「澳ちゃん…」

 「だーもう、言うなッッ!呼ぶんじゃねぇッ!!!」




 やたらと騒がしい、鬼哭村でのある夜のこと。

 


+++終。 

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外法帖SS第二弾です。…うふふふ。
素晴らしく見事に時代考証考えナシで。というか、そうでないと書けません…。
(毎回この出だしを貫くつもりか)

御屋形様は、村のアイドルであり、村の父である!ワタクシは、そう信じて止みません。

そんな願望を雪花ちゃんに叶えさせました。にや。(嫌な笑い方だなぁ)

鬼哭村に住みたいなぁ…。御屋形様と寝食を共にしたいなぁ…。

そんな願望を根底に、とりあえずは「父上様と呼ばせよう」な野望を達成。(謎)


あ、雪花ちゃんにとっての本来の「父上様」につきましては、深く追求しない方が。

機会を見つけて、少しずつ語…れたら良いなと思ってます。

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