文字書きさんに100のお題[065.冬の雀]

+++「冬の雀」




 この國には珍しい金の髪に、蒼い瞳。王子の古物屋には似つかわしくないようなのに、その異国の容姿は不思議とあの店になじんで映るから、世の中わからないものだ。


 まばゆい金の髪がこの通りを過ぎていくのにも、住民はもう慣れたものだ。王子のこの界隈、住むひとたちは金の髪の持ち主たるその少女の名前こそ知らないけれども、顔はすっかり覚えてしまっている。
 そういうものを好む年頃でもなかろうに、あの店に良く来るので。

 顔は良いけれども、あまり人に懐かない店の若い主は勝手に来ては良く騒ぐ若い娘たちを好まない。にも関わらず、叩き出される様子も無い少女であれば自然覚えてしまうというものだ。


 本日、王子の骨董屋に『商い中』の札はかかっていない。
 かたく閉ざされた戸の前で、木枯しに吹かれて少女の白い首筋が覗く。寒そうに首をすくめて、マリィはとりあえず手を伸ばし、扉を叩いてみるけれどもすぐの応答はない。
 「ン〜、お休み…?」
 店のほうが閉まっていたから、裏に回った。
 主が母屋にいたらきっと庭から入れてもらえるだろう。

 ここの庭は、家の者が留守であれば他者の来訪を拒むから。


 世の中がとても賑わいをみせていて、街が華やかなひかりを放つ年の瀬でも、この家は静けさを湛えて座している。マリィのお気に入りの場所だ。

 生垣にそって歩いていると、ざ、っと何か硬いものが土を掠める音がマリィの耳にひっかかった。
 「ァ…。ヒスイっ」
 ひとの立てる物音だ、と思えば其れは如月が居るということなのだ。ひどく楽しそうにかの者の名を呟いて、マリィは足を速める。

 雪が積もればなおのこと美しい借景になるだろう庭を、竹箒で枯葉を掃う姿は世間の喧騒とは程遠い落ち着きだった。竹が地面を梳き上げる音と、細く吹き荒ぶ風の音色だけが淡々と響く。
 「ヒスイ!」
 マリィが声をかけるやいなやの間で、如月は伏せていた顔をあげ、静かに微笑った。
 「いらっしゃい」
 来訪者が喩え誰であろうと、如月の一言めは大抵変化が無い。ぬばたまの髪が冬の風に晒されて、さらさらとなびいた。
 だが口にする言葉は常套句でも、一般の客には滅多に見せない笑みが如月の唇を彩っている。
 マリィは、ちょっとした上客なのだ。
 「寒かったろう、こちらへおいで。火を入れてあげるから」
 呼びかけてやれば、マリィはぱっと顔を明るくさせて走り寄って来る。
 朱雀の加護を受けるマリィの躰は殊のほか火気を好む。其れに、年も暮れゆこうとするこの時期、暖気が無いと人の子には辛い寒さだ。如月は少し特異な育てられ方をしたために然程ではないけれども。
 しかしだからといって、寒いと思わないわけはない。
 だから、マリィのために火を入れてやるのは、僅かばかりに自分への贅沢でもある。無論、少女には言わないが。― 言ってしまうと、きっと今以上に頻繁に顔を見せ始めるに違いない。

 ゆっくりと歩を進めていた如月に、マリィが追いつき。蒼く澄んだ瞳が如月を見上げてにこりと微笑った。如月も、わらう。
 「ヒスイは、寒くないノ?」
 「僕はね、あまり。寒さには慣れているから」
 「じゃあマリィが来たからアッタカイネ!火、消してたんでショ?」
 「…そうだね。あたたかい」
 ひどく穏やかに、漆黒の目が撓んだ。マリィは、聡い。…そして、やさしい。
 「ダメだヨ、ちゃんとあったかくしてないと、カゼ、ひくヨ」
 「気をつけてはいるんだが。ありがとう、ひとに案じてもらえる僕は果報者だ」
 「…カホー、モノ……?」
 「しあわせなひと、ということだよ」
 耳慣れぬ言葉であったのか、たどたどしく戸惑うマリィに、如月は言葉をそっと手渡すように囁いた。


 縁側から上がりこんだ家は、常と変わらぬ佇まいであり、今マリィの家を華やかにしているような色とりどりの飾り気は無い。
 「ヒスイの家は、おとなしいネ。ナニもしないノ?」
 訊かれて、如月は僅かに小首を傾げて、マリィがしたように己の住まいを見渡してみる。
 「ん?ああ、”そういうもの”の無い家だからね」
 如月は微笑って。

 「まあ、必要も感じない」

 「…サミシクナイ?」
 金色のゆるやかな波が、さらさらと揺れた。
 蒼い双眸が、如月を見上げてそっと呟く。
 けれど如月は、マリィの頭に掌を乗せてやっぱり、微笑うだけなのだ。

 「あの頃が」
 やさしく。昔を、想う目で如月がマリィをその目に映す。

 「あの頃がとても騒がしくて五月蝿くて、ひどく楽しかった。だからね、マリィ。良いんだよ、― 静かでも。騒がしくてしかたなかった、あの頃があったから」
 やわらかな金の髪を、如月のしろい指が梳く。武術を嗜み、ふるいモノを触りして、しっかりとした骨が浮かぶけれど、それでもその指は長めで、綺麗な動きをする。
 「ヒトは、どんなにどんなに昔がシアワセでも、あたらしいシアワセがこないと、しおれちゃうンダって、いうヨ」
 「そうだね」
 頷いて。けれども如月は、細く眇めた目に淡い愛しさを浮かべて、マリィ、と呼ぶ。
 「同じものを求め続けることは、倖せなのかい?毎年変わらぬ同じものを用意すれば、其れはそう、ひとつの在り様なのだろう。けれど、ひとというものはモノではないから、同じ風に揃えることは存外難しいし、僕はそうしたいと思わない。…僕の望む倖せは、そのようなものではないからね」
 「じゃあ、ヒスイはどうしたいノ?」
 如月は黙っている。黙って、マリィの髪を指に巻き取ってはほどく。
 「こうしていれたら良いと思うよ」
 「…ヒスイもたまには、ワガママいえばイイのに。」

 「我儘?」
 一瞬、僅かに目を瞠り。ふ、と微かな声をたてて如月が笑った。

 「言うよ。今も、言ってる」
 蒼い目が大きくしばたくのを見て、ひどく楽しそうに如月は笑みを深める。
 「喩え其れがどれほどに僅かでも、ひと一人の時間をね、こうして手中に収めてしまっておいて、僕が『良い人』なわけがない」

 だろう?、と小首を傾げてみせる如月に、マリィはほんのすこし、涙が出そうになった。説明のつけられない想いが胸の奥を焦がすから。せつなくて、いとおしい。
 如月の指は、まだ離れていない。指先からにじむほのかな熱に、マリィは縋りたくなる。でも如月がこうしている限り、マリィはきっと自由意志では動かない。惜しそうに微笑われると切ないから。
 だから、マリィは諦めるのだ。縋って、言い募ることを。違うよと、彼の言葉を否定することを。諦めて、ただじっと、くすぐったい感触に微笑んだ。


 其れだけのことを我儘と言うのなら、世界はなんと傲慢なんだろう。


 「おかしいかい」
 「ウン、おかしい。だってヒスイは、良いヒトだから」
 「そうじゃないよ」
 「良いヒトだヨ」
 やんわりと、強く。重ねてうたい、マリィはふわりと蒼いその瞳を気持ちよさげにゆらゆらと微睡みに浸す。
 「マリィには、わかるンだモン」
 「― まあ、そういうことにしておいてもいいがね。僕に不利益な話ではないから」
 如月は、はんなりと笑む。大人は、時に引いてあげなければならないのだ。― 但し如月の場合、自分にも都合が良くなければそうすんなりとは事を譲らない性質であると知る者は、今この場には居ない。
 「ウン」
 こくりと頷くマリィに、如月の目をたゆたう優しい波がさらに深まる。
 「マリィは本当に良い子だね。…ああ、良い子には美味しいお菓子を出してあげよう。待っておいで」
 そう言う如月に、マリィはかぶりを振る。ふるふると金の波がそよいだ。
 立ち上がりかけた如月の袂を、ちいさなマリィの手が掴もうとしていた。
 その行動の意味を慮ることの出来ない如月ではないから、彼はちょっと楽しそうに瞬きをする。
 「一緒に準備するかい?」
 微笑って差し出された掌に、マリィの手がふれる。伝わる体温は自分より温度が高めで、指先からほんのりと伝う熱はだから、とてもあたたかく。
 「マリィは、待つのがあまり好きでないのかな」
 少し力をこめて引き揚げしなに、如月は問い掛ける。
 「そうでもナイヨ。ただ、ネ?待ってるより、いっしょがイイ」
 「自分の時間を大切にしなさい」
 ゆったりとした苦笑が、その口元を彩った。

 「ヒスイといっしょにいるんだヨ、だったらヒスイとの時間をタイセツにしたいノ」
 「其れは、僕がもっとも得をするだけのことだよ」
 「マリィもトクしてるヨ。…スゴく、たのしい」
 湯呑みに注いだ綺麗な緑色を、思い浮かべる。立ち昇る香りと、熱くてしろい湯気に瞼を閉じるのがマリィは好きだ。

 「…マリィは我儘を言わない子だね」

 どこかで聞いたような科白を如月は言うから。マリィは蒼い目をゆっくりと撓ませて微笑った。 

 


+++終。 

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冬の如マリです。寒い時期になると、マリィであったかい話が書きたくなり
ますね。マリィはとても良いこなので自然とやさしいお話に仕上がります。


100のお題「冬の雀」からタイトルをお借りしました。如月の家の庭で、雀
が撥ねる冬の日の、ふたりなのですよ。そういう可愛らしいイメージです。


短い内容でしたが、ほんのすこしでも和んでいただければ、とても嬉しく。

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メリーマリィバースデイ!12月24日はマリィ嬢のお誕生日でもあります。

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