+++「君のための場所」



 「この広いお庭…ぜんぶヒスイが手入れしてるノ?」

 すっと伸ばされた白い指先は、濃緑に良く映える。指し示す一群を見遣ってから、如月は己を見つめるマリィへ視線を戻した。

 「いや、流石に其れはちょっと無理だね。ほぼ全て、馴染みの庭師にやってもらっている」

 けれど、と如月は言う。

 「ほんの一角だけは、僕自身が好きで植えて、手を入れているよ」

 其れを聞いたと同時に、ぽっと明るくなるブルーの輝きに、言った方は少し首を傾げた。

 「アノネ、最近チョットお花とかお庭の勉強はじめたノ。すこし見せてもらってイイ?」

 ― ああ、なるほどね。

 傾いだ首はそのままに、やんわりと心中で笑む。そういうことかと。

 「勿論良いよ。じゃあ、庭へ降りようか」

 参考になるかどうかはわからないけれどね。― そう苦笑混じりに微笑う如月に。

 エエト、そういうのを”ケンソン”って言うンだヨネ!― 無邪気な声が、かぶった。

 謙遜でも何でもなく本当のことだよと、困ったように呟いても。

 ― ヒスイは何でも出来ちゃうってオネーチャンが言ってたヨ?

 …返る言葉はどこまでも素直だった。

 「困ったことを言うひとだ」

 少し遠くを見つめて囁かれた台詞のやさしい響きに、マリィは微笑う。

 …ほんのり笑顔のまま見あげれば、秀麗な横顔に浮かぶ笑みは穏やかであったので。しあわせだネ、と舌の上で転がした。

 如月の笑みが深まった気がしたのは、きっと、嬉しい見間違いだろう。



 二人して庭に下り、美しく配置された見事な木々や池の合間を縫って歩く。

 慣れた足取りの如月とは違って、かさりと鳴る下草の小さなざわめき一つ取っても、マリィには素敵な予兆に聴こえて。

 身体が何かの横をすり抜けるたびに、ひとつ、またひとつと心のうちに響く。

 濃い、緑の匂いが。強い、土の匂いが。…何より、包み込むような水の匂いが。歩を進めるごとに、ことさら鮮明に匂い立つような、そんな気さえした。

 すべては、あたたかく重なってゆく期待。

 そうして誘われてみれば、其処は確かに他の庭木とは微妙に雰囲気が違うなとマリィは感じた。もちろん、良い意味で。

 そこはかとなく如月の趣味や人柄を偲ばせる佇まいには、こまめな手入れが行き届いているのが良くわかるほど整えられていた。

 こじんまりとしたスペースなのだけれども、如月邸の庭の中でもっとも生き生きとしているのはきっと此処なのだろうと思うと、なにやらとても暖かで。

 世話をしている如月の姿をそっと思い浮かべると、其れは良い、とマリィは想う。

 「……イイナ…」

 「マリィは、こういう場所が欲しいのかい?」

 羨ましげな呟きを耳に留めた如月が訊ねると、傍らに立つ少女は素直な仕草で頷いた。

 「ウン。おうちで植えてるお花をさわらせてもらえたりはするケド…はじめカラ育ててみたいナって、イッパイイッパイ、好きなモノを植えてみたいナって、そう思うノ。…ヒスイみたいに」

 其れはきっと、とても楽しいことなのだろう。

 弾む声で聴かされる夢は、ほのぼのと心地良く。

 だから、ゆるやかに如月は微笑った。

 「そうか。なら、僕がマリィ専用の場所をあげよう」

 ごくごく普通に、自然に。何でも無いことのように穏やかに言われた言葉の意味は、暫しマリィを戸惑わせた。

 とは言っても、困るよりは寧ろ心が沸き立つような類のもの。

 「……ホント?ヒスイが、くれるノ?」

 隣に居る者が自分に嘘偽りを告げるなどとは思えず、けれど真実を見極めたい気持ちが口をついてしまうのは、つまるところ多大なる期待なのだ。

 そんなマリィの心境を知ってか知らずか、申し出た男の瞳は変わらずやわらかな光を湛えていたものだから、開く唇から紡がれるだろう続きが待ち遠しくてたまらず。瞬きするのさえ勿体無く感じられた。

 「ああ。此処の隣辺りでどうかな?これより広いスペースが良いなら、あちらに」

 「ウウン、ココがイイ!!ココが、ヒスイの隣が、イイヨ。そうしたら、いっしょにできるモン」

 あちらにもっと、と言いかけた如月を抑えて、懸命にマリィは主張した。

 ― 此処が良いと。

 「分かった。じゃあ、僕の隣がマリィだ」

 如月の笑顔がゆったりと優しいものだから、願った方も其れは胸が膨らむような嬉しさを覚え。

 「アリガトウ、ヒスイ!ホントに、ホントにアリガトウ…」

 それはもう何度も何度も、繰り返した。もっと他に言葉を連ねたいのに、其れしか言えないもどかしさはあったのだけれど。同時に、其れだけを言いたい気持ちもあって。

 けれどしまいには何も言えなくなってしまった。立っていたのをマリィの視線にあわせてしゃがみこんだ如月が、その深い瞳でやさしく押しとどめたからに他ならない。

 「どういたしまして…と言うほどには、僕は何もしていないけれど。でも、礼を言われると嬉しいね」

 「ヒスイは」

 「ん?」

 「ヒスイは、とってもステキなコトをしてくれたヨ」

 とっても…嬉しいヨ。―まだ何も無い空き地を見る瞳は、きらきらと輝いていて。たぶん、もうきっとマリィの頭の中には”これから”が広がっているのだろう。

 「ネ、ヒスイ?ホントにホントに、マリィが好きなモノを植えてイイノ??…ア、ちゃんとヒスイのお庭にあうのを選ぶケド、デモ」

 「マリィの場所だから、好きにすればいい」

 「…ウンッ」

 嬉しさに揺れるような微笑みは、どちらから浮かべたのだろう。





 こうして、如月家の庭に花と、そして小さな庭師が増えた。

 


+++終。 

×---------------------------------------------×
如マリです。


「なら、僕がマリィ専用の場所をあげよう」

この台詞を書きたいが為だけに出来たお話と言っても過言ではなく。寧ろ

そのためだけに書いたと言い切ってしまっても間違いではありません。…

思いついたその時に、『なんて素敵なの如月さん』とか…思ってしまいま

した。これほどまでに似つかわしいキャラクターも他に居やしないとさえ。


…はて、今ふと思ったのですけれど。

なにやら、さりげなくプロポーズにも思える台詞でし…た。あらあらあら?

さすが如月さんです。こんなにもすんなりと自然に口に出来る人なんて、

……ねえ?(苦笑)<自覚ありでやってたら、そりゃもうビックリだがっ。



◆◇◆

あ、マリィが『オネーチャン』と呼んだ人物は美里嬢ではありませんよー。

いわゆる女主ちゃんのコトを指したのだという意味で宜しくお願いします。

…でないと、何だか怖い気がしなくも無く。(……理由はあえて闇の中に)

×---------------------------------------------×


戻る