夏祭り


 『あー・・・そうなんだ』

 『うん。・・でさ、あたしたちと一緒に行かない?』

 『え?いい・・の?』

 『もちろんだよ。あのこらが誘いたいって言い出したんだし』

 『ホント?』

 『あったりまえじゃない。あ、浴衣はある?すぐ出せる?』

 『うん、大丈夫だけど・・・』

 『じゃあ、決まり。何の問題もナシじゃん』

 『えへへ。明日、なんだよね?』

 『そ、明日。天気予報だってバッチリ晴れだから、おじゃんになるコトは無いって』

 『楽しみだな・・・』

 『ホントに楽しそうだね』

 『うん、だって・・この夏初めての縁日だもん』

 『え?初めて??』

 『?・・うん』

 『じゃあ何?!”アイツ”、花月を連れてったりとかしてくれなかったワケ??』

 『行きたかったりとかしたけど、そんなのワガママだし。人込み、嫌いだって言ってたか
 ら・・・。私も、普段は人込みが苦手だし・・・』

 『・・・・・・・・・・』

 『何?どしたの??』

 『・・・あのねェ・・・・ワガママくらい言いなさいよ・・・。一緒に縁日に行きたいって素直に
 さァ。そうすれば、アイツ・・如月だって喜んで連れてってくれたはずだよ』 

 『ん・・・・・・』

 『・・明日さァ、如月とおいでよ』

 『ううん、ムリ。明日はね、翡翠さん・・お昼過ぎから葛飾を中心に回るって・・・』

 ― だから、うちに来ても留守にしているからね。

 そう言っていたことを思い出し、花月は寂しそうに理由を語った。

 『・・ハァ、ま、いいケド。んじゃ、夕方の6時にうちね。浴衣は着て来てもいいし。うちで
 着付けてもいいから。すぐに着れるんでしょ?花月って』

 『うん、まあ・・ね。・・・ホント、わざわざ電話ありがとね?とっても嬉しかった』

 『あたしが誘いたかったんだから礼はイイよ。じゃ、ね』

 電話をかけた藤咲亜里沙の目的はただ一つ。

 明日、自分の住む墨田区の自治体主催の盆踊り・・・いわゆる地蔵盆にあわせた夏の
 終わりの縁日があり、舞子・紗夜と一緒に行くことにしていた。
 舞子の『ハニーも一緒が良かったなァ・・』の一言で、急遽、花月も呼ばれたのだ。

 最初は、急なことに断られるだろうかと思っていたのだが。

 「ったく、何なのさ・・・自分の彼女の浴衣姿も見ずに夏を終えるなんてバカな男だね、
 アイツは」

 しかし、電話を終えた亜里沙は了承を得たことよりも別のことに執心していた。

 そして。

 押しなれたとある番号を急いでプッシュする。

 『もしもし、舞子?』

 『あ、亜里沙ちゃんだ〜ッ!ハニー、オッケー取れたァ?』

 『ちょっと聞いてよ舞子!!今、花月に電話したんだけどさ』

 『・・・断られちゃったのォ?』

 『いや、それは大丈夫だったんだけど・・・』

 『ん〜?なぁにィ〜?どうかしたのォ?』

 それからしばらくの間。二人はなにやら話を続けて。

 『・・・じゃ、それでイクってコトでイイわね?』

 『もッちろ〜ん、じゃあ、紗夜ちゃんにはわたしから言っとくねェ』

 『うん、よろしく。あ、もうこんな時間か・・・舞子、明日は早朝勤務なんだっけ。悪いね、
 長く付き合わせちゃって』

 『イイよォ、ハニーのためだもんッ。それじゃおやすみ〜、亜里沙ちゃん』

 『ん、おやすみ』

 ― 明日は、絶対引きずり出してやる。

 並々ならぬ決意を胸に、藤咲亜里沙もまた眠りについた。





 あくる日の夕方。

 勤務を終えた舞子と紗夜が着き、すぐ続いて花月が到着。

 三人に留守を任せ、藤崎はちょっと早いエルの散歩へと出かけていった。

 「うわァ、ハニーとっても可愛いねェッ」

 「花月さん、すごく似合ってますよ」

 「やだ、二人の方が可愛いくて似合ってるよ?私は、そんなに」

 「ダメ〜、可愛いものは可愛いんだからァ。ね?紗夜ちゃん」

 「うん。・・・ダメですよ、花月さん、謙遜なんてしちゃ」

 「け、謙遜なんてしてないよ・・・」

 消え入りそうな声で、けれどハッキリと。

 瞬間、紗夜の顔が厳しくなり。それは本当に・・・・鬼気迫るというか。

 「花月さんッ」

 「は、はいッ」

 グッと手を握られて、アップで名を呼ばれたことで、なに?なに?!と焦る花月。

 知らない人が見たら”怯えてるなァ・・・”としか思えないほどに恐縮している。

 「花月さんは、とーっても可愛いんですから。それは私が保証します!」

 「舞子も舞子も〜ッ。ハニーはとってもとってもプリティーだよォ」

 「あ、あの・・だから・・・違・・・」

 2対1はどう考えても分が悪い。

 花月の否定は虚しく空回りするだけで、二人からの”可愛い”の連呼をただ浴びるしか
 なかった。

 ほとほと困り、頬を紅く染めた花月がやっと二人から解放されたのは、エルの散歩か
 ら帰ってきて、三人より遅れて浴衣を着た亜里沙が登場したそのときという遅さ。

 「・・・どうしたのよ、花月」

 「亜里沙ちゃぁん・・・」

 ふえふえと泣きつかれながら、事の次第を話されて。

 「花月・・・」

 「ね?亜里沙ちゃん・・・・困っちゃうよね?」

 いくら言っても聞いてくれないんだよ、と。必死に。

 「可愛いのは事実なんだから、にっこり微笑って”ありがとう”って言えばイイんだよ。
 簡単じゃないか」

 このこは一体何を言ってるんだろう?心の中で苦笑しつつ、あっさりと亜里沙が答えて
 やれば、それはもう困った顔をする。

 ― そういうところがまた可愛いんだけどね。

 「・・・・・・・・・・亜里沙ちゃんまで・・・」

 うな垂れた花月の頭をよしよしと撫でて。

 「さーて、それじゃいこっか」

 「りょーか〜いッ」

 「はい、準備はバッチリですッ」

 「・・花月は?」

 「・・・はぁい・・・・」

 そしてそんな花月をよそに。

 彼女たち三人は計画実行に向けて、あくまで見た目は明るく。

 心のうちでは、熱く女の執念を燃やすのだ。



 藤咲亜里沙の家から10分ほどの、広々とした敷地。グラウンドと公園が繋がっていて
 かなりの広さがあるようだ。

 普段はそれほどでもないのかもしれないそこは、人で溢れ、道路は車がずらりと並ん
 でいた。

 仄かな明かりが、まだまだ明るい空のもと揺らめいて。敷地内だけでなく、周囲を取り
 囲むまでにたち並ぶ屋台。

 「・・・・・・・・うわあ、縁日だ〜♪」

 「そりゃあ・・・あたしたちは夏祭りであり縁日に来たワケだし・・・」

 「ハニー、なんだかいつもと違うねェ〜。はしゃいじゃってかわい〜ッ」

 「だってだって、舞子ちゃん!!この独特の雰囲気っていうかなんていうか・・・・なんだ
 かとってもワクワク・・しない?」

 舞子の”可愛い”にまで意識が及ばないあたり、かなりの浮かれようだ。

 「するする〜、そうそう、なんていうか〜ウキウキするんだよねェ」

 「うんッ」

 にっこりにこにこ微笑いあう二人を、見遣って。

 「・・・簡単そうですね、このぶんだと」

 「だね。アレだけ浮かれてるんだ、上手くいくよ」

 「じゃあ、しばらくは”純粋に”楽しみましょう」

 「ああ。・・ま、1時間くらい独占したら満足してやろうじゃない?」

 「くすっ・・・そうですね、それぐらいであの人に代わってもらいましょう」

 亜里沙と紗夜は、なにやら最終確認。







 「ねえねえ、次はあっちに行こう?・・・??」

 「あ、れ・・・?」

 ― しまった・・・。

 すぐにわかった。

 今日の自分は、とても浮かれていたから、先に一人でどんどん進み、そして振り返っ
 ては、後方の3人を呼ぶというスタイルで遊んでいた。

 そして今。

 気付いてみれば。

 花月は、人込みの中・・・立ちすくむハメになってしまっていたのだ。

 ― ど、しよう・・・・そうだ、携帯・・・携帯・・・・あ、あれ?あれ??

 急いで電話をかけようとしたものの、巾着の中に目当てのものは無く。

 「ええ〜!?ちゃ、ちゃんと・・・」

 小さな巾着だ、隠れてしまって見つからないと言うことなどは当然確率として皆無で。

 しかし、それでもなけなしの希望を胸に、中をまさぐる姿はかなり必死。

 が、あっさりと結果は知れて。

 ― う〜・・・・。しょうがない、よね・・。自力で探して合流するしか・・・。よっし。

 肩を落としつつも、健気に決意する花月からは見えない位置で。

 「ゴメンねェ〜ハニー」

 花月の携帯に頬擦りしつつ謝る舞子と

 「ま、あとの幸せのためだし」

 「じゃあ、こちらも電話をかけましょう」

 うんうんと、したり顔で頷く亜里沙と行動の早い紗夜。

 「そうだね。じゃ、紗夜・・」

 「はい、花月さんは、私がしっかり」

 花月の巾着からそっと取り出しておいたその携帯から電話。

 もちろん電波の向かう場所はご存知あの人のところ。


 鞄に押し込んでおいた携帯が震えていることに気付いた如月は、すぐに誰の携帯から
 かけられているのかに気付き、多少・・といっても見た目には落ちついてはいるが、急
 いで通話ボタンを押す。

 「もしも・・・」

 『おっそいよ、如月!!!!』

 「その声は・・・藤崎さん、だね?・・こんばんは。そしてどうして花月の携帯から、君の
 声がするんだい?」

 いきなり悪態をつかれて気分の良い人間も少ないだろう、如月とて少々眉間に皺。

 『ああもう、大変なんだから黙ってあたしの話を聞きなッ!!!!』

 「大変・・・・・・???」

 『そうなのォ〜ハニーが、ハニーがァ〜ふ・・・・うわァああん如月くぅん〜!!!』

 「た、高見沢さん!?」

 ハニー=花月。

 その公式はすぐに叩き出され、尚且つ泣き出されたならば焦る。

 がしかし。

 『落ち着きな、舞子!!ああ、ゴメン、如月』

 舞子に対しての怒鳴り声をダイレクトに耳元で受け取ってしまい、如月はやや面喰ら
 ってしまったが、そこはそれ、すぐさま立ち直る。

 「ああ、いいよ・・・で?」

 『今日、3人・・・あたしと舞子と紗夜ね、この3人+花月で、あたしんちの近所の夏祭り
 に遊びに来たんだけど・・・その、花月とはぐれちゃって・・・・・・・』

 「・・・どれくらい前?」

 『ええと・・40分くらい前。ずっと探してるんだけど見つからなくってさ・・・見つかったの
 が・・・』

 そこで、声を詰まらせて鼻を鳴らす亜里沙に、如月は言い知れぬ不安を覚えずにはい
 られなかった。

 案の定・・・次に言い出された台詞は、とんでもないものだったからだ。

 『茂みの傍に携帯落ちてて、で、誰のだろうって拾ったら・・・それ・・・・花月、ので・・・・・
 ・・・ッ・・・・しっかり巾着に入れたの、あたしたち見てたから・・・携帯がそんなトコに落ち
 てるなんて、どう考えてもおかしいじゃん・・・!』

 話しているうちに、亜里沙の声はどんどん湿り気を帯びたものになってゆき。

 さっき舞子へ叱咤していた人間と同一人物とは思えなかった。

 『ゴメン・・・ゴメンね、きさらぎっ・・・・花月のこと、見失っちゃって・・・ホント、あの』

 「藤崎さん、君のせいじゃない。落ち着いて、今居る場所を詳しく教えてくれないか。す
 ぐ行くから・・・」

 亜里沙が謝罪の言葉を述べ始めたことで「まずい」と判断した如月は早急に話をかえ
 た。このままでは亜里沙が自身を責めすぎると考えたからである。

 『う、ウン・・・ッ・・・墨田区の・・・』

 どもりながらも一生懸命なされる説明を、しっかり頭の中と手元の紙に書き留めつつ、
 如月は逸る気持ちを懸命に抑えた。

 「よし、それくらいなら後30分もすれば着ける。出先で良かったよ。僕が行くまで・・・出
 来るだけ、頑張ってほしい。それから、会場の責任者の人たちにも、説明を」

 『・・そ、それなら、紗夜が・・・・今、行ってる。如月、できるだけ早く・・・・来てよね?・・
 ・・もちろん、あたしたちも・・・頑張る、から・・』

 「ああ」

 それじゃあ切るよ。相手の了承を待てず、それだけ言うと如月は即座に通話を打ち切
 り、凄まじい速さでその場から行動を起こした。


   

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あ、すごいところで切っちゃってますか?(汗)