負けられません、勝つまでは。

 久しぶりの東京。相変わらず流れの激しい街だ…。こんなところに可愛いあの子は放り出されて路頭に迷ってはいないだろうか?
 ああ、あの子は元気だろうか?ん?そんなことを考えていたら、聞き覚えのある可愛らしい声が…。
 声のする辺りを見回すと、この目に焼き付けたショートカットの少女が人込みから吐き出されてくるのが(容易に)見てとれた。
 「やっぱり鳴滝さんだーッ!!!ねーねー鳴滝さーんッ!!元気?元気だった??」
 ハアハアと、息を整えるのもとりあえず、上気した頬をさらに染めて、にっこりと笑いかけてくる、その様子に。
 「…君の顔を見たら元気になるに決まっているじゃないかっ!!(おお、本物!!)」
 …オヤジの笑顔って気持ち悪い。ので、あえて描写は避けることとする。オヤジ好きは勝手に想像して下さい…にやけて緩みきったヒゲ面を。
 「えへへ、も〜鳴滝さんてば〜ッ!!」
 そんな顔は見慣れているのか、ただ単に天然の成せる業か、麻弥は相変わらずの太陽の笑顔で返す。
 弟子の愛らしさに、クラリと目が眩むが、しかしそこは腐っても拳武館を取り仕切る悪の親玉…違った正義の館長。いつもの張り倒したくなるようなとり澄ました面…もとい表情で、さりげなく大胆な行動に出た。
 「ゴホン、麻弥…今から’二人で’お茶しに行かないかな?」
 ってそりゃ援交だ。強調するところが怪しすぎる。しかし、天然娘は、疑うことを知らない…。
 「うん♪行く行く〜鳴滝さんとお茶するの久しぶりだよね〜ッ楽しみ♪」
 「そうかそうか!!それじゃ、良い店を知っているからそこで…」
 さりげなく手を繋ごうとしたヒゲ親父、だが作者の手によって、間違いなく邪魔を受けるのだよ。魔の手が天使を捉えようとした瞬間、
 「……お久しぶりです、館長(怒)」
 「ッは!!壬生!!」
 いつの間にやら、麻弥を守るように、一人の長身の男が立っていた。腕組みをして、仁王立ちである。どっからわいた。(鳴滝&作者)
 「あーッ!!にー様♪」
 ぎゅう。そんな文字が、具現化するような可愛らしい抱きつき方だ。猫が擦り寄るように、気持ち良さそうに頬を壬生の胸に押し付けてくる。ちなみに、抱き疲れた拳武の一級暗殺者(のはず)の壬生紅葉・男・18歳はというと。
 ―可愛い………!!!!!!にー様という呼び方がもう、たまらなくツボだ!!!ああ、このときばかりは館長貴方に感謝しますよええ本当にこんな可愛い麻弥と兄弟弟子になれるというしかも僕が兄弟子だなんて機会を作ってくださってロリコン親父だという事実もこのときばかりは忘れてあげましょう。
 とか何とかくっだらない妄想に溺れていたりするのだが、さすがアサシン(のはず)、顔は冷静。あくまでも顔だけ。柔らかな髪を優しく梳きながら、そっと耳元で囁いてみたりする。
 「やあ、麻弥。そうそう、今晩は暇でね、夕御飯作ってあげようかと思っていたんだけど…(ちらり)」
 壬生紅葉・仕事専用必殺技「暗殺者の一睨み」これを喰らうと、たいていは縮み上がる。でも、今は仕事中じゃねえだろよ?
 「(ギク)」
 自分の弟子同士が付き合っていることは、身辺調査で調べ済みなヒゲ親父。自分の行動に後ろ暗いものがあることは、流石に気付いているらしい。いくら弟子のものとはいえ、その事実がある限り、流石の館長でも、ギクリとするのだ。
 面にこそ現れなかったものの、壬生には当然の如くバレていた。フッと薄く笑うと、壬生は対館長作戦を発動させた…。
 「残念だね……」
 そう言って、寂しそうに麻弥に微笑んで見せる。その切なげな面持ちは、いたく麻弥を刺激した。
 「え?!え?!にー様のゴハン…ぐす。ゴメンね、ゴメンね、すっごく食べたいけど…先に約束しちゃった……ふぇ…本当にゴメンね…?にー様ぁ…」
 「(ズキイッ)………麻弥」
 見る間に、その瞳が潤んでいく。その様に、自分の所業を猛烈に反省するヒゲ親父。全ては壬生の思惑通りであった。
 「(フッ。貴方の負けですね、館長)」
 はやッ!!!館長アッサリ負けすぎ。まあ、誰しも麻弥の涙には、とことん弱いらしいが。
 実際は震えてもいない携帯に手をやり、メッセージ画面を見るふりをする館長。その顔は、嘘のようにマジメそのものだ。その行動をこれまた冷徹に見守る壬生。
 「…どうやら仕事が入ったようだ(涙ながらの嘘)私の事は構わないから、壬生に付き合ってあげなさい(心密かに涙)」
 ああ、むさくるしい。←作者の心の声。
 鳴滝の申し出に、ぐずっていた麻弥が、とことこと近寄ってきて、その顔を必死に見上げてきた。身長が低いぶん、仕方なくそうなるのだが。
 ―可愛い………ッッッ!!!!!今すぐさらいたいくらいに。(館長&暗殺者)
 「……ほんと?」
 「ああ、本当だとも(頼むから、そんな嬉しそうな目で聞き返さないでくれ・涙)」
 「それでは、館長、お仕事がんばってくださいね(もちろん建前)」
 うざったい。そんな侮蔑を瞳に込めつつ、柔らかな物腰で厄介払いを言い渡す壬生。
 「無理しないでね?ね?」
 こっちは本気で心配している。鳴滝のスーツの裾を握って、必死だ。
 「ああ、わかっているよ(クッなんて可愛らしい娘だッッ!!!弦麻&伽代さん、可愛い娘をありがとう!!)」
 歪みきっとる……が、今ここにそれを止めようという物好きはいない。一人はもう気付かないふりをしてるし、一人はそれ以前に気付きゃしねえ。
 「さ、行こうか…麻弥(既に館長はアウトオブ眼中)」
 君以外見えていないよと言わんばかりの極上の笑顔で、麻弥を愛しそうに見つめる。態度違いすぎだ…お前。
 「うー…うん♪ごっはん、ごはんっにー様のゴハン〜♪」
 周りに花咲かせながら去ってゆく二人を見送るヒゲオヤジ、心に一陣の隙間風。

 …………おのれ、壬生…。いくら仕事増やそうが、人間相手なら、あいつは負けないし…うーむ…そういえば、そろそろ前・退魔師の奴も引退時期だから、誰か適任者はいないかと打診があったが……そうか!!妖怪相手なら、あいつでも苦戦するに違いない!!
 ふ、ふふふふ…ふふはははははッ!!!!!!!
 なんて都合のいい!!さっそく手配せねば!!!!

 そうして退魔師・壬生紅葉は誕生した……。

 もちろん、この設定は100パーセントフィクションです。

 というのは、ツマミ。メールで送ったヤツに、色つけたもの。このネタは広がりを見せ、本編はここから始まるのです……。

 危ないヒゲ親父の思惑など露知らず、壬生はこの上ない幸福状態であった。
 いつもは、麻弥の近くに『必ず』誰かが居て、ことごとく邪魔が入るのだ。それこそ獲物にたかるピラニアの如く。いつもそれをやり過ごすコトで一日が終わってしまう。
 ―なのに、今日は…。
 「ああ、麻弥じゃないか」
 「あ、翡翠〜ッ!!」
 ―骨董屋ッ………。嬉しそうな麻弥の後ろで、フルフルと拳を震わせる壬生。幸せに浸ろうとした矢先にわいて出た相手に、言いようもない怒りが込み上げてきたからである。
 「如月さん、こんにちは……いつも奇遇ですね
 目が笑ってないよ、壬生。そう言う代わりに、フッとすました笑いを漏らす如月翡翠。
 「まだまだ修行が足りないね……。まあ、いい。今日はね、”純粋に”取引先に寄った帰りだよ」
 ―じゃあ、いつもは何なんですか?!この亀忍者!!!
 叫びたい衝動に駆られた…が、麻弥は、みんな大好きなのだ。目の前で喧嘩が起こるのを、何より嫌う。ここは、陰険にイヤミを言い合うしか道は無い。
 「……でしたら、早く帰らないといけませんね?大事な商品は、早く店内に収めないと(=早く帰りやがれ)」
 「今日取引した商品はね、大事だけれど…そんなに大きくは無いから。すぐ持って帰らなくても困りはしないよ(=そうはいかないね)」
 「…如月さん、そうはいきませんよ。貴方を引き止めていたら、待っているお客さんに…申し訳ないです(=僕らに構わないでくれませんか?)」
 「その気持ちだけで十分だよ、ありがとう…壬生。はっきり言って、今は…普通の客より、麻弥たちのほうが大事だからね(=…イヤだね)」
 (表面上は)にこやかに談笑している二人の顔を交互に見て、麻弥は言った。
 「二人は、ほんとに仲良しさんだよね〜。突然会っても、すぐ仲良く二人で会話しちゃうんだもん。…ちょっと寂しいけど、でも、とってもいいことだもんね。えへへ、ゴメンね、変なコト言って」
 数秒間凍りつく二人。しかし、さすが忍者と暗殺者。すぐ復活を果たす。しかし、壬生のほうが僅かに出が早かった。
 「ごめん、麻弥……気付かなくて。君が一番大切だよ?…もう、そろそろお邪魔しますね、如月さん。麻弥にこれ以上寂しい思いをさせるわけにはいきませんから。さ、買出しに行こうか、麻弥」
 有無を言わせぬ口調には、別にどうとも思わなかったが、ほんのりと頬を染めた麻弥の顔は…かなり痛かった。そんな如月翡翠・現忍者兼骨董品店店主・18歳・彼女無し。
 ちょっと哀しい青春の1ペイジであった……。
 「……麻弥、それじゃ…僕はそろそろ店に戻るとするよ。………壬生君と仲良くな」
 「うんッ。翡翠、気をつけてね?」
 ファンが見たら感涙モノの微笑を残し、割とアッサリ忍者は帰っていった。
 ―やっぱり今日はいい日だ…如月さんがこんなに早く片付くなんて……。
 じゃあ、いつもはどれくらい絡まれてるんだろう…?なんて思ったそこのキミ。そんなのハンカチ無しじゃ聞けないよ?ってコトで聞かないように。姑(or舅)にいびられているそこの貴方!!貴方なら、よくわかるはず……(涙)
 「ばいばーい、翡翠〜ッ!!!またお店に行くからね―ッッ」
 「そのときは、”ぜひ”僕も連れて行ってくれるよね?麻弥…」
 「?うんッ、もちろんだよッッ。また一緒に行こうね、にー様」
 じ――――――ん。その呼び名の響きに感動しつつ、心の片隅で邪笑する。
 ―二人きりになんて、絶対にさせませんよ……ふふ…麻弥は僕だけのものですからね……。

 そのころ。人気のない裏路地に身を潜めると、携帯を取り出し、短縮ナンバーの2(1はもちろん麻弥)を押す如月。相手は、全く待たせず、1コールで出た。
 「…ああ、迷子の赤頭巾を見つけたよ。…もちろん、狼が一緒だ。ああ、頼むよ…今日はプライベートの関係でこれくらいしか協力できないが……そうか、すまないね。それじゃ」
 優雅に電話を切ると、かの時代劇の極悪商人も震え上がらんばかりの笑みを浮かべる。
 「……このままで済むと思うなよ、壬生…………」
 ―このまま、平穏無事に二人きりで過ごせるなどと、安心するんじゃないよ……。

 そっと手を繋いだら、一瞬驚いて、でもすぐとろけるような笑みを浮かべて…そっと手を握り返してくれる。
 ―いつも、こんなゆっくりと過ごせたら…どんなにいいか。……まあ、いつもがアレだから、よけいに幸せなのかもしれないけれどね…。
 思わず、邪魔者たちに感謝してしまう壬生。しかし、彼等は甘くは無い…感がそう告げる。
 ―と、いうか。如月さんがあれほどアッサリ引き下がった以上…あの女が何か手を打つ筈だ。
 「―ねッッ、にー様?どうしたの?」
 ハッと気付いて、自分を見上げる心配そうな瞳を優しく覗き込んだ。
 「ごめんね、麻弥…。少し、考え事をしていて……でも、麻弥に関係あることだよ」
 だから、怒らないでほしいな。たぶん、拳武の関係者が見たなら、我が目を疑うだろう。頭の片隅でそう思いつつ…限りない愛しさを伝えたくて、優しく笑んでみせる。
 ―……僕も、ずいぶん変わったものだね。君の前なら、こんな顔ができる…。
 「ううん、怒ってないよ。…ただね、にー様がね…少し、疲れてるみたいだったから。…もしかして、ボクの態度って…にー様を疲れさせちゃうのかな?」
 いきなり何を言い出すのか。ギョッとして、慌ててフォローに出ようとした壬生。駄菓子菓子。
 「でもね、ゴメンね、ボク……にー様のこと、大好きなんだぁ…」
 壬生が動くよりも先に、麻弥が壬生に擦り寄ってきた。当然、壬生だって軽く麻弥を引き寄せる。=麻弥が居た場所には隙間。
 
がすっ。なんだか鈍い音がしたなと、麻弥が後ろを振り向いたとき…そこには、歩道脇の並木に抱きつく蓬莱寺京一がいた。
 「……京ちゃん?いくらお姉ちゃんが好きだからって、よそ見してたら危ないよ?大丈夫??」
 「………蓬莱寺君…???何をしようとしていたのかな……?」
 事と次第によっちゃ殺る。そんな氣が、壬生から立ち上っていたりするのだが、対象には、どうも効果が無かったらしい。
 「へへ…ま、気にすんなッて!!」
 「…顔に跡が残っているよ」
 不機嫌とまでは行かないが、流石に友好的とは言いがたい表情で、しれっと冷たく言い放つ。見ると、壬生の言うとおり、京一の顔がかすかに赤くなっている。
 「……あはは、ほんとだッ。京ちゃんみっともなーい!!すっごいね、にー様!!すぐわかっちゃうんだねッ」
 「これくらいわからないとね。すごくはないよ」
 「ううん、すごいよ!!だって、にー様だもん!」
 どんな理由だ。かなり放っておかれてる感の強い京一の心に強く浮かんだ疑問であった。しかし、そう言って麻弥にしだれかかろうとした京一の計画は、ものの見事に実行前に頓挫する。
 「ああ、麻弥!!こんなところに居たのね?もう…京一君、見つけたのなら…直ぐに教えてくれなくちゃ」
 うふふふふふふふという、何とも言えない響きと共に、黒髪の少女が現れた。
 ―出たな。
 視線が合った途端、氣がぶつかるのがよくわかった。次の瞬間―にっこり。と笑いあう壬生と美里。
 怖い。はっきり言ってどうしようもなく怖い。僅かに残る動物的本能を刺激され、周囲から人々が漣の如く引いてゆく。それは京一も同じで。身に迫る危険を痛く感じ取る。
 ―この雰囲気はやべェな…追求が再開される前に、逃げちまお……
 「あら。どこへいくの?京一君。ふふ、帰る時はちゃんと挨拶はしなくちゃ…」
 「……そうだね、どうして何も言わずに立ち去るんだい?…何か、やましい事でもあるの?」
 ぎくり。
 何故かどうして、敵同士なはずなのに、固く結束を結んでしまっているのは何故か。ああ、哀れ京一。麻弥に不埒な行動を起こそうとしなければ良かったのに。居ないと思っても見えているのが菩薩眼。
 しかし、京一だって、今まで割と無事に生きてきた、世渡り上手な男である。ここでこのままジハード喰らうほど愚かではない。
 「……なァ、美里?」
 「何かしら?京一君」
 「…仲間だろ?」
 「……まあ、そうね」
 「「……………」」
 へら、と笑う京一。
 にっこりと微笑む美里。
 「……麻弥、そこの物陰に隠れるんだ!!」
 「……え?え?にー様??何で??」
 いいから早くと、無理矢理射程距離外に麻弥を押しやり、壬生もまたそこに身を隠す。
 「…やっぱ物分りがいいよな。さすが(元)生徒会長サマ!!」
 「ええ。でも……」
 すっと上げられた右手の指には、光り輝く豪華な指輪。京一、本日の運勢「最凶」。
 「……やっぱり、誤魔化しちゃダメよ、京一君…。壬生君は、まあ付き合っているのだから…いいけれど…京一君は、見過ごせないわ」
 済まなそうに微笑んで、一言。

 「ジハード!!!!!!!!!!!!!!」

 並木は吹っ飛び、コンクリートは歪んで変形を見せる。人は、天使を見たとか何とか週刊誌の取材に語ったとか語らなかったとか。
 ちなみに、今ここで繰り広げられた美里VS京一のやり取りは、壬生の背中で阻まれて、麻弥には見えていなかったりしている。菩薩、恐るべし。考え無しに麻弥の目の前で仲間にジハードなんてかまさない。(もちろん、距離的に声も届いていない)
 そんな折、爆発に巻き込まれた妙な物体が空を飛ぶのを、麻弥が見つけた。必死にばたつくその姿がなんとも愛らしい、それ。
 「あ〜ッ!!!!!アライグマ〜♪ね、ね、にー様!!!アライグマが空飛んでるよ!!!」
 そんな馬鹿な。と思いつつも、麻弥の指差す上空を見遣る壬生。そこには確かに居た。
 「……アレは…飛んでるというより………」
 吹き飛ばされているんだよ…とは言えなかった。キラキラと輝く瞳が、期待を込めて見つめてきたからだ。
 「…………欲しいのかい?」
 「うん♪」
 「そう、それじゃ追いかけてみようか」
 「ありがとー!!!にー様、大好き〜!!!」
 この際、何でアライグマがここにいるんだとかいう問題は、壬生にとってはどうでも良かった。一刻も早く、美里嬢から逃れる術を手に入れたのだから。そして、麻弥が喜ぶことはなんだってしてやりたいのだ。隠れていた物陰であるビルの隙間、そこから壬生は麻弥を連れてさっさと逃げ出した。
 「…馬鹿だねェ……」
 たまたまある店から放り出されていたゴミ箱群の中で、「ふ」っと力無く笑い、京一は意識を手放した……。脱落者。

 追跡を始めてから数分経過。
 ジハードの威力は、凄まじい。今だ衰えることなく、アライグマは空を泳いでいたりする。何故。
 「……すごいね〜(アライグマが)」
 「ああ。すごいね(美里さんが)」
 そこはかとなく噛みあわない恋人達の会話。バカップル。
 上を見ながら走っている麻弥が何かに当たったりつまづかないよう、細心の注意を払いつつ走る壬生は、気付いていなかった。
 自分が、まんまと策にはまってしまっていたことに。

 段々と小さくなってゆく二人を見つつ、警察のご厄介にならないために、結界の中に身をやつす美里嬢と後一人。
 「うふふふふふ……ありがとう。結界まで張ってくれて」
 横に立つ男に、礼を述べる美里嬢。言われた男は、口元を扇で隠しつつ、含み笑いをしている。
 「…いえ、これくらいは造作もないことですよ。…しかし、他愛もないですね」
 「ええ、そうね…全くだわ。でも、麻弥”は”本当に嬉しそうだから、まさに一石二鳥ね」
 「麻弥さんの好み、興味を惹かれる状況、そしてそれに対して壬生さんがどう出るか…全てを知り尽くす貴女だからこそ、ですよ…」
 そう言い残して扇をたたむと、男は背を向けて去っていってしまった。行こうとしている場所を知っているし、何よりもう十分な協力をしてもらったのだから、別段気にする風もなく、その後姿をそっと見送る美里だった。
 フッとその姿が掻き消えるのを確認すると、携帯を取り出し、次なる刺客に連絡を取る。

 さて、また場面はバカップル…もとい壬生と麻弥のいる場所へと移る。追跡を始めて10分経過(いつの間に)。流石に、不信感が頭をもたげるだろうというものだが…。さすが美里嬢。
 「あ、なんだか高度が下がり始めたようだよ?」
 「ホントだ!!!じゃあ、捕まえられるね?」
 「もちろん。僕が捕まえてあげるよ、君の為に…ね」
 不信感を持たれそうになる前に、効果が切れるように頼んでいたのだ……。
 目測で大体の落下点を見出すと、その下に障害物がないかと視線を動かす壬生の視界に、それはもう凄まじい障害物が入ってきた。
 ひよこ関西人。そう認識している小生意気な年下。あろうことか、可愛い麻弥をひよこ研究会に勧誘し、あまつさえ副会長にしてしまったにっくき相手。
 あろうことか、空飛ぶアライグマは、その手にキャッチされてしまったのである………。
 
―不覚ッッッ!!!!!!!!!!(背景はベタフラあたりで)
 思わず、毛嫌いする亀忍者ばりの台詞を心中で吐く壬生。よっぽど憎らしいらしい。
 「あ〜ッ弦月〜!!ありがとっ、えへへ〜ッ」
 「よっ、アネキ!!お久しゅうッ。このアライグマ追いかけとったんかいな?」
 人懐っこい笑みを浮かべて、アライグマを麻弥に手渡す劉。しっかり麻弥の手に触れることを忘れない辺り、策士だ。
 受け取ったアライグマを、可愛い〜♪とか何とか褒め称えつつ、ぎゅ〜っと抱きしめてみたり、なでなでしてみたりする麻弥。
 「………」
 その情景を、張り付いた笑顔で見守る壬生。頭に浮かぶのは、うふふふふと微笑う女。
 ―やられた…………ッッッッッッッ!!!!!!!!!!!くそッ
 そう、麻弥のおねだりで目が眩むだろうと、見越されていたのだと。今更気付く己が腹立たしい。
 と、ちらりとひよこ関西人の細目が自分を見て…ニッコーと笑った。
 何を企んでいる……。
 「そや、アネキ!!言いたいことあってな?ここで会えて良かったわぁ〜!!!」
 「え?なになに??」
 アライグマをなでなでするのを一時中断して、麻弥は劉に視線を戻した。
 「新しいぴよちゃんが、生まれそうなんや〜!!今から来うへんか?」
 「んなッ!!!!!!!」
 麻弥の隣で、壬生は思わずうめいてしまった。しかし、そんなことを取り繕う余裕すらない。このままでは、可愛い麻弥が連れて行かれてしまう!!
 駄菓子菓子。壬生は考えた、考えてしまった―「ひよこ」に勝てたことが今だかつてあったであろうか?と。
 答えは、否。結局、ひよこ関西人について行く麻弥を放っておけずに、壬生もついて行くというパターンしか思い描けなかった…。
 駄菓子菓子(その二)。そろそろ文章量的にヤバイなと考え始めた作者がそれを救った!!
 「……ん〜。見たいんだよ?見たいんだけどね??……んっとね」
 歯切れの悪い返事が口から漏れる。目線も、居心地悪そうにせわしない動きだ。
 「………アネキ?」
 哀しそうに見るな!!!(←壬生の心の叫び)
 「…ごめんね、弦月……今日はね、にー様と…それから、この姫ちゃんとおうちに帰んなきゃなの…」
 例えようもない嬉しさで、胸がいっぱいになるのに我を忘れた壬生は無視して、ツッコミが入る。
 「……そうなんかァ…残念やわ…って姫て誰やねんッッッ!!!!!」
 「あのね、このこの名前!!!姫鏡(ききょう)って言うの、だからね、姫ちゃんなの♪」
 「……さよか………」
 何かに疲れたのか、力無く頭を振る劉に、行けなくてごめんねと頭を下げる麻弥。これまた噛みあっていない。
 「ええんや、ええんや、そんな謝らんでも。また生まれた後にでも、来てくれたらええから」
 慌てて麻弥を慰める劉。このまま泣かれでもしたら大事だからだ。

 「……おにーちゃん、わかいのにもうこどもうまれるんだー。たいへんだねー。でもって、あのおねーちゃんにきてほしかったんだねー」
 「あのおねーちゃんも、いってあげたいのにいけないんだねー。たいへんだねー」
 たまたま近くを通った園児二人が、知ったかぶったような会話をして去っていった。ものすっごい誤解されてるぞ、劉…。
 ってんなことどうでもいいじゃんよ、自分。閑話休題。

 ほな、またな〜っと大手を振って見送る劉を残し、二人は並んで歩き出した。麻弥がアライグマを抱いているので、手がつなげないのだが、別にそんなことは気にしない。触れあう腕から伝わる温もりが、心地良い。だから、いいのだ。
 なんだかんだで、もう夕暮れ。暮れなずむ夕日で、二人の顔もほんのりと紅く染まっている。
 ―でも。なんだか、麻弥の顔は、夕日のせいにしては少し紅いと思うのは気のせいだろうか?
 「……ねぇ、にー様?」
 「なんだい?」
 「今日、何の日か、知ってる?」
 恥ずかしそうに、ぽそりと呟く。
 だから、壬生は考えた。それで、ああ、とすぐ気付いて…柔らかく微笑んだ。
 「……もちろん、知ってるよ。だから、今日は麻弥に会いに来たんだよ」
 「…えへへ。あのね、もし鳴滝さんに仕事が入んなくってもね、にー様のところにはちゃんと行くつもりだったの。だけど…ずっと一緒に居れて良かったなァ……えへへ」
 アライグマのふかふかした毛が邪魔をして、よく見えなかったけれど、でも。たぶん、顔は真っ赤なのだろう。
 「僕もだよ。…今日は、僕の家で美味しい御飯を食べさせてあげるけど…チョコレートケーキは、もう焼き上げてあるからね」
 「……うん、楽しみ」
 声音が寂しそうなのは、気のせいではない。それが何でなのかなんて、壬生にはわかっている。
 「麻弥?」
 「なーに?にー様…」
 「楽しみにしてるからね?」
 何を、とはわざと言わなかった。言う必要なんてないのだから。
 「………ん…」
 きゅう、とアライグマが鳴いた。
 「クスクス……麻弥、なんだか苦しそうだよ?姫は」
 はたと気付いて、慌てて腕の力を緩める麻弥が愛しくて。…また、壬生は笑ってしまったのだ。

 「劉君……」
 音も無く、気配も無く忍び寄り、そっと名を呼ぶ。
 「!!!!!!!!!!!!!!!み、美里はん……えらい心臓に悪い………」
 「………」
 「ほんまゴメン!!!でも、わいかて…頑張ったんやで〜せやから堪忍し…」

 「……ジハード」

 空に、暁の明星(違)。

 「わかってないわね」
 「わかっていないね」
 長く伸びたビルの影から、人影が分かれ出た。
 「あら。……プライベートはもういいの?」
 「……ああ、もうすんだよ。全く世話の焼ける二人だね」
 「ええ、本当に…。こうでもしないと、何かしら不測の事態が起こるもの。麻弥の今日の願いは、ずっと壬生君と一緒に居ること…」
 「こうして僕らが邪魔をしてあげれば、他の人間は関与できないからね」
 よけいなお世話だよ、あんたら。
 「だから、今日に限っては…あまり干渉してはいけないんだよ」
 今日に限って、か………如月さん。と、星が地上に落ちてきた。駄菓子菓子。

 「飛水流奥義、瀧遡刃!!!!!」

 星は、流れ星となって何処かへと消えていった………。
 「……嫌いなのね」
 それを優しく笑みつつ、止めもせず傍観していた美里嬢。
 「ああ、嫌いだね。せっかく麻弥が付けた名前に、あのひよこ関西人はノーコメントだ」
 「………そういえば、そうだったわね。ジハード一発じゃ、足りなかったかしら…」
 この後の劉の宿星は、どうなっていたのか知らないが、まあ…何はともあれ。

 「はい、にー様♪」
 ピンク色の包みを受け取って、照れる。くれるだろうと思ってはいたものの、いざ貰えたら限りなく嬉しいのだ。
 「……ありがとう、麻弥」
 お礼をね。包みを片手に持ち、空いた手で愛しい相手を抱き寄せる。
 さっき食べたケーキの香りが、微かに薫る…甘い人。
 「…君の唇は、甘いかな…?」
 「ふにゃ…?………ン………」
 

 見ていられないよとばかりに、コロンと体の向きを変えて、しっぽをぱたつかせる姫鏡。
 っていうか、このアライグマどこから?

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 何はともあれ。今日は恋人達の一日で終わって良かった良かった。……いやほんとによ。間に合ってよかったよ。
 姫、キミのご希望「美里嬢にジハードで吹き飛ばされる」「そのときはアライグマで」は、見事実現してあげたよ♪
 最後、題名と関係あったかしらとかそういうツッコミは、そっと心の中にしまっておいてください。

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