災厄の午後

 これは、とある肌寒い日のお話………

 如月は、店の表戸にしっかりと鍵をかけると、敷地内の奥まった場所へと赴いた。行く手には、これまた古めかしい、巨大な蔵が鎮座している。
 既にそこには、二人の長身の男が待っていて、如月の姿を目に留めた一人が声をかけた。
 「よお、如月。早くここ開けてくれねぇか??いい加減寒いぜ」
 そういいながらも、口元は相変わらず笑ったままだ。
 「フッ。すまないね…だけど、冬は好きなんじゃなかったかい?」
 声をかけた男―村雨の皮肉めいた台詞に、さらりと返答する如月。
 「…先生から聞いたんだな。ま、いいけどよ。さ、早いとこお宝拝ませてくれや」
 「村雨さん、今日は手伝いに来たんですよ?」
 わかっていますか?と、もう一人の男−壬生が、軽く釘をさす。
 「…ヘッ。わかってないのはどこの誰だ??この前は、直前ですっぽかしたヤツがいたよなァ??」
 そう言って、ちらりと隣に視線を投げかける。もちろん、壬生のことを言っているのである。
 「……あれはですね、紫暮さんに誘われて…まあ、すっぽかしたことは事実ですが…」
 珍しくどもる壬生に、村雨はしてやったりという顔でにやついた。
 「俺は、
働いて汗を流したが…てめぇは、さぞかし楽しげに観賞していたんだろうなァ…?」
 「………………」
 「さすが如月の店だよなァ…いや、
おっもいモンばっかだったぜ。大の男二人でも、あれはきつかったなァ……」
 「……………………」
 ちくちくと刺さる村雨の台詞を、ただ黙って聞いている壬生。そこはかとなく殺気だっていなくもないが…。
 しかし、壬生は耐えていた。何しろ、ここは如月骨董品店の蔵の前。ここで龍神翔を放つわけにはいかない。

 やったら自分が返り討ちにされる。如月に。

 そして何より、村雨のように、ぽんぽん憎まれ口が出る人間でもないので、口で応酬もできない。
 「………。さ、そろそろ蔵を開けようかと思うんだけど…いいかい?」
 そんな二人に、今まで黙ってそのやり取りを眺めていた如月が、苦笑雑じりに声をかける。
 
もう少し早く助けてやれよ。
 そう思ったそこの貴方。如月さんだって人間です。手伝うといっていた人間がドタキャンしたら、ま、少しは根に持つというか。
 「っおお、わりいな。ちょっと遊んじまった、じゃ、開けてくれや」
 ―……!!僕は、遊ばれていたのか………!?!?村雨さんの暇つぶしだったとでもっ?!
 いまさら気付いたの?遅いねー、壬生君。ま、それも君のいいところさっ(そうか?)。
 そんな壬生を一人置き去りにして、二人は既に蔵の中へと消えていたりもしていた。薄情……。

 薄暗い蔵の中には、独特の香りが篭っていた。好きな人間にはたまらない、古さを感じさせるあの香りだ。
 そして、骨董品が日の光を受けて、ぼんやりと薄暗がりの中に浮かび上がる。奥の方には何があるのか、見当もつかないくらいの品数だ。
 「しっかし、いつ見てもすげぇな…ここはよ。まだまだなんかあるって匂いがぷんぷんするぜ」
 ひゅう、と口笛を鳴らして、ほめる。そう、これは村雨なりの褒め方なのだ。
 それがわかっているから、如月も、別段村雨の言い方を咎めはしない。
 やや遅れて入ってきた壬生も、しばし圧倒されて、目を見開くばかりだ。さすが元禄創業。伊達じゃない。
 「何か言ったかい?」
 いえ、何も。どうぞ、お気になさらずに…。

 そのつぶやきが聞こえたのか、蔵の奥のほうから間延びした声が届いた。
 「あ?なんか言ったか??」
 「いや、なんでもない。…そうだな、今日はこのあたりを重点的にしてみるか」
 村雨の問いを一蹴すると、如月はある一角で歩みを止め、二人に声をかけた。
 そう、一角という表現を使ってもいいほど、この如月骨董品店の蔵は巨大であった。
 ……ガサ入れしたら、何か出てきそうなくらいに。
 「適当に運び出せばいいんですか?」
 「いや。僕がまず見て、店に出すと決めたものを、君らにも手伝ってもらって運び出すという形になるね」
 前回来ていなかった壬生に、簡潔に説明すると、如月はさっそく物色にかかる。
 「…………ふむ。じゃあ、この壷と…こっちの彫像を運んでもらうとするか。壬生、彫像を頼む。村雨は壷だ」
 なんとなく虐げられているような気もしないではないが、壬生は頷いただけで、何も言わずに彫像に手をかけると、軽々と持ち上げた。
 軽いとは言い難いが、拳武のトップクラスの壬生にとっては、それほどたいしたものでもないわけで。
 涼しい顔で蔵を出て行く壬生を見送ると、村雨は自分の持ち分である壷を持ち上げようとした…が。
 そうは店主が下ろさないというか、なんというか。
 「ああ、村雨。こっちの壷もな」
 そういうと、壷の上に、もう一つ壷を重ねた。
 「……一つず」
 「お前なら、これくらい一度でいけるだろう??さ、がんばってくれ」
 一つずつ行っていいだろ?とか言おうとした村雨の出鼻はものの見事に挫かれたり。
 「ハイハイ…わかりましたよ…よっと」
 軽く溜息をつくと、村雨は二個の壷を抱えて歩き出した。
 実を言うと、壬生の運んだ彫像一個分より重かったりもする。
 と、重い物を持っているがために、ゆっくり歩くしかない村雨の横を、手ぶらで颯爽と如月は通り過ぎていく。
 
なんでだ。
 村雨より先に歩き出し、蔵の出口近くで抜かれた壬生もそう思った。
 人に持たせておいて、自分は持たないのか?はっきり言って村雨に持たせるより、自分で持ったほうが安全だと思うが(作者)。
 
 が、しかし。当然、如月は何の理由もなくそんな行動に出たわけではなくて。彼が向かったのは、店の玄関前だった。
 そこには、きょろきょろと、困ったようにあたりを見回す一人のショートカットの少女。その黒髪のつややかさは、遠目にもよくわかるし、何より、着ている白い制服がいっそうそれを際立たせる。
 ご存知、みんなのアイドル麻弥ちゃんである。
 如月は、麻弥の来訪にいち早く気付き、二人を尻目に颯爽とここへ来たのであった。
 「あ、翡翠!!…よかった、今日留守かと思っちゃった」
 「やあ、いらっしゃい。今、蔵の整理を兼ねて、店のほうにいくつか品を補充しようとしているところなんだよ」
 「そうなんだー!!!ね、蔵の中見せて??見せて???ね、いいでしょ?翡翠ッ」
 自分の右腕を掴んで、屈託なく微笑う麻弥に、如月は優しく微笑んだ。
 「いいとも。さ、どうぞ、かなり物が置いてあるから、足元や頭上には気を付けるんだよ」
 そう言って、軽く麻弥の頭をなでる。それが嬉しいのだろう、麻弥は、また顔をほころばせた。
 「ん。それじゃ、お邪魔します!!」
 「……初孫が遊びに来た爺か、てめえは………」
 ぼそりと呟いた村雨の足元に、鮮やかに忍者刀が刺さった。その研ぎ澄まされた刃の輝きと変わらぬ冷たい眼光を村雨にむける如月。
 えらい違いだ。さっきまでは、本当に初孫…違う、可愛い娘…もとい、大切な仲間を見る暖かい眼差しであったのに。
 麻弥にはその視線はちょうど見えないため、如月の危なっかしい雰囲気には気付かず、現れた村雨にかわいらしい笑顔を向ける。
 「あ、祇孔も来てたの?」
 「おお、ちょっと手伝いにな。壬生の野郎も来てるぜ」
 くいっとあごをしゃくった先には、その壬生が控えていた。麻弥の顔が、ぱあっと明るくなる。
 「やあ、久しぶりだね。元気そうで何よりだよ、麻弥」
 「うんッ。にー様も元気そうで、よかった。ね、また…ご飯食べに行っていい??」
 「嫌だなんて言うわけないだろ?ただ、仕事が入っているかもしれないから、前日にちゃんと連絡を入れるんだよ?」
 「うん、わかってるよ。あのね、にー様のご飯っておいしいから、大好きなんだっ」
 「麻弥に食べてもらう分は、特別おいしく作ってあるからね、当然だよ」
 「えへへ。にー様はいつも優しいね」
 「麻弥にはね」
 そう言って、極上の笑顔でしめる壬生。さすがだ。
 (作者注:壬生は、麻弥にとって兄弟子である。そしてお兄ちゃんのように自分に接してくれるため、麻弥は壬生をにー様と呼んでいるのだ。以上!!)

 一方、二人の世界を作り出す原因を作った村雨はというと。
 足の甲に鈍い痛みを感じていた。…乗っているのは、如月の靴だ。ギリギリという音が聞こえそうなくらいに力を込めているのは、村雨の脂汗が、如実に語っている。
 「お前だって、さっき、抜け駆け、して、ただ、ろ?……ッッッ!!!!!」
 「僕は、ただ客の応対をしていただけだ」
 ポーカーフェイスのまま、さらに足に力を込める。
 ……痛さは相当なものだろうに、麻弥の前で情けない声は出したくないという男の意地が、何とか耐えさせているという感じだ。
 涙無しには描写できないね、村雨……。
 壬生とにこやかに談笑していた麻弥だったが、先ほど自分が取り付けた約束を思いだし、ハッとした顔で如月のほうを向く。
 「あ、翡翠。蔵、見せてくれるんだよね、ごめんね?久しぶりに会ったから、にー様と話弾んじゃって…」
 済まなそうな声が、村雨を救った。
 麻弥が自分のほうを見るより早く、如月が足をどけたからだ。
 「いや、謝ることはないよ。久しぶりに会った人間と話が弾むというのは、いいことだ」
 「すみません、つい話し込んでしまって…」
 壬生も麻弥に続いて謝罪の言葉を述べる。こっちは、いわゆる処世術(マナー)というヤツだが。とりあえず謝っておけば、蔵の中で暗闇に紛れて襲われることはなかろうという、賢い判断だ。
 「わかっていればいいんだよ。もう気にするな」
 あくまで穏やかな、落ち着いた声音だが、言ってることは『ふん、わかってるじゃないか。それでいいんだよ…』である。
 「それじゃ、行こうか?麻弥。こっちだよ」
 「うんッ」
 麻弥の興味が自分に向いたせいだろう、如月の機嫌はすっかり良くなっていた。
 (現金なものだよ…。ま、いいけどね…いつ麻弥は食べに来るのかな??今度は何を食べさせてあげようか…)
 (と、とりあえず…助かったぜ。って…先生が絡むと、なんか運の強さが落ちてるような気がするが…気のせいだよな)
 (僕は、麻弥の保護者だからね…アレ以上虫をつけるわけにはいかないんだよ)
 作者注:アレ、とは…すなわち劉弦月のことである。ほら、可愛い娘に寄り付く男は、嫌いっていうヤツ。口にするのも嫌らしい。
 まあ、それぞれの思惑(?)を胸に、3人は麻弥を連れて、また蔵へと戻ることとなった。
 そして、村雨は、自分に更なる受難が怒涛のごとく降りかかってくることに、まだ気付かずにいた………。

 「うっわぁ〜ッ!!!すごいね、翡翠。これ全部骨董品で、全部翡翠のもので…すごいねっ」
 「そうかい?それほどでもないよ、僕一人が集めたんじゃなく…ご先祖様の苦労の賜物だからね」
 「でもでも、やっぱりすごいよっ。それに、これぜーんぶを、今管理してるのは翡翠でしょ?」
 「まあね。そこまで言われると、少し鼻が高いよ」
 目を輝かせて、すごいすごいと連呼する麻弥に、もう骨董品店の若旦那は、すっかり気分を良くしていたのだが…。
 「…そーいうところが初孫の相手する爺みたいなんだがなァ…」
 キラリ、と如月の目が光ったような気がした(壬生いわく)。村雨って…一言多いよね?
 壬生は、剣呑な雰囲気を特有の勘で悟った。村雨の隣にいてはいけない。そう考えるが早いか、彼は行動を起こした。
 「村雨さん、お達者で。また会えたら…いいですね」
 そう小声で告げると、すっと壬生が村雨から離れた。
 「あ?!オ、オイ、どうした、壬生…うぉッッッ!!!」
 がごん、と音がしたかと思うと、村雨が消えた。見ると、村雨のいた床のあたりがぽっかりと抜けている。そこには深い闇だけがあり、よく目立つ白い学ランは、いずことも知れなかった。
 「ああ…これは、仕掛けを作動する紐だったのか。てっきり明かりが点くのかと……しまったな」
 ざーとらしい溜息と共に、いかにもすまなそうに穴を覗き込む如月。あんた……。
 ―良かった、離れておいて……。館長、修行の成果というのは、意外なところでも現れるものなのですね……。
 ―…チッ。壬生ははずしたか…まあいい。麻弥が兄と慕う男だ。何かあったら、麻弥が泣くな。しょうがない、今回は見逃してやろう。
 「…そーとー深そうだね……祇孔、生きてるかなぁ??」
 男二人の水面下の火花に気付かず、麻弥は村雨の消えた穴を覗き込んでいた。
 今、気付いたんだけど…麻弥って天然だよね?よくこれで最終決戦まで勝てたもんだ……。いや、天然だからこそか??
 「大丈夫だよ、麻弥」
 自分を見上げる麻弥に、限りなく優しい笑顔で断言する如月。
 「彼のアイデンティティは、運の強さだよ?これくらいで倒れるはず無いじゃないか」
 「……そうだよね、祇孔なら大丈夫だよね。祇孔の運の強さってすごいもんねっ」
 納得するな。運の強さは、それほど万能じゃないぞ。
 「如月さん、こういった仕掛けは、他にもあるんですか?」
 「…どうだろうね。でも、得体の知れない紐や、スイッチのようなものは…他にはないようだけど?」
 壬生の質問に、しばし考えをめぐらせたが、割とあっさり否定する如月。
 しかし、否定を肯定とするほどの人間が、ここにはいた。
 「あ、これなんだろー?ね、押していい??翡翠」
 
「え?!」
 思わず声が上ずる二人。そりゃそうだ。如月ですらわからないと言い張ったものを、ほんの数秒で見つけたのだから。
 「(麻弥の運…村雨さん以上ですか…???)」
 「(…だろうな。前々からそうじゃないかとは思っていたが……)」
 「(村雨さんを仲間に引きずり込んだときも…運の勝負で、見事に勝ってましたよね)」
 「(ああ。それに、よくよく考えてみれば、麻弥は僕らのマージャンに混ざるとき、いつも勝っていないかっ?!)」
 「(…!!!そう言えば、そうですね…独走と言ってもいいほど、必ず勝ってましたね……)」
 ひそひそと会話するばかりで、いっこうに許可が下りないため、とうとう麻弥は痺れを切らしたようだ。
 「もぉーッ!!いいよね、押しちゃうよ?押しちゃうからね?!えいっ」
 
「!!!!!!!!!!」
 「ち、ちょっと待つんだっ、麻弥!!!」
 「はやまるんじゃないッッッ!!落ち着け!!!」
 
落ち着くのはあんたらのほうだ。
 しかし、慌てふためく二人の制止は、はなから意味は無く、既に麻弥の指はスイッチから離れたあとだった……。
 その瞬間。二人は、悟った。明鏡止水の極意も、かくやあらんと言うほどに。
 
終わった……………。
 が。天の宿星は二人を見放していなかったらしい。
 どこか地下の深い場所で機械音がしたかと思うと、同時に耳を汚すような醜い叫びが三人の耳を襲った。
 ―村雨(さん)か………犠牲になったのは……。
 自分でなくて良かった。しみじみと、そう思う二人であった。
 が、これで終わるのは短すぎる(SS的に)ので、もう少し続けてみよう!!(作者、鬼と化す)
 「……今の、祇孔???」
 「………さあ、どうだろうね。もしかしたら、魑魅魍魎の類かもしれない。何せ、この蔵は店がたったのとほぼ同時期に建てられたからね、何かいても不思議じゃない」
 なに言ってるんですか、如月さん。
 壬生は心の中で突っ込んだが、口には出さなかった。何か、如月が言うと、本当に何かいそうな気がしてきたからである。
 「……じゃあ、これも引っ張ってみていい?」
 「……はッッッ?!?!」
 気が付けば、麻弥の手には一本の紐が握られていた。古い、しっかりした…いかにもという感じの紐が。
 ―いったい、ご先祖様は、何を考えていたんだッッッ?!?!?!?!
 ―どうして、如月さんは気付かなくて、麻弥は、こうほいほい見つけるんだっ!!!
 思考がパニックを起こし始めたため、麻弥の問いにはもはや答えられなくなっていた。
 だんまりを肯定とみてとり、麻弥は…くいっと、さも屋台のくじ引きを引くかのように、あっさり引いてしまった…。
 おいおいオイオイオイッ。
 ―罠だとあからさまにわかっているものを引くんじゃないぃぃぃッッッ!!!
 常識人にはわからない行動である。(この際、如月と壬生が常識人かどうかは置いといて。麻弥よりはって言う意味で、ね?)
 そして。
 
「うぎゃあァァァァァァァァァッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!」
 「…………………………」
 なにやら、巨大なものが転がり落ちるような音と、何かがひき潰されるような音がした。悲鳴?耳を塞いでも、響くようなヤツがしたねぇ…。
 「……生きているだろうか??」
 「……どうでしょうね…」
 「…もしかしたら、この蔵の地下には、人骨があるかもしれないね……」
 「………過去にも、こんな状態に陥った人が、いるんでしょうか……」
 「…………………………………………………………」(←壬生&如月)
 お互い、顔を見合すと、憂いを含んだ深い溜息をついた。
 数秒間の沈黙が、二人の思考を同じ結論に導いた。金剛石よりも堅い意思がその表情に見て取れる。
 被害に遭っているのは自分(たち)ではないが、このまま自分(たち)が無事だという保証は無い。
 これ以上、麻弥をここにおいて置くのは不味い。非常に不味い。
 何よりも自らの保身のために、二人は麻弥を連れ出そうと、彼女が居た場所を振り返ったのだが―
 そこには、ぶらりと垂れ下がる紐のみがあった。
 まさか。あまりにも嫌すぎる未来が、あざ笑うかのごとく頭を駆け巡る。
 「さ、探すんだッッッ!!!広いとはいえ、所詮蔵の中だ、すぐ見つかるッ!!!!!!」
 「わかりました…拳武の名は、伊達じゃありません!!!」
 言うが早いか、壬生は蔵の奥のほう…光すら届かない場所へと駆け出した…のだが。
 「あったーっ!!ねー、翡翠ッ、にー様ッ!!!なんか壁に埋まってるよーッ、スイッチみたいなのが―ッ」
 壬生が向かおうとしたその闇の中から、白い制服が浮かび上がったかと思えば、地獄の予言が下された。
 「いいか、麻弥ッ。それを押しちゃいけない!!いいね?!」
 必死だ。もしかしたら、対柳生&渦王須戦以上かもしれない。
 が、その台詞、壬生が言ったものでなく、壬生以上に離れた位置からの如月の台詞であった。結果―
 「えー?!何、聞こえないよっ!?」
 如月の顔から血の気が引いた。ただでさえ白い顔から血の気引いたら、土気色だって…。
 ならばと、壬生が説得を試みたのだが。
 「麻弥ッ!!いいから、それを―」
 「え?押していいの??じゃ、押しちゃうねーッ」
 
「……壬生ーッッッ!!!!!!」
 如月の怒号が嵐のように壬生に襲いかかり、蔵中に響き渡った。その凄まじさたるや、普段の「やあ、いらっしゃい」が幻のよう。
 …最初からそれぐらいのボリュームで叫んでりゃ良かったでしょうに。
 すごごごごごごごごごごごとしか表現しようもない、地響きと振動が骨董品を微かに震えさせ始めた。
 ―もう、何が起ころうとも、僕は、知らないッ!!知りたくもないッッッ!!!!!
 前髪をかきあげつつ、天井を仰ぎ見る如月。と、麻弥がいるあたりの天井が動き始めたのだ。
 「………あれは」
 天井から白いものが下りてくるのが、遠目にも良くわかった。
 壬生はというと、もう薄笑いすら浮かべていたりする。どこを見ているのか定かではない、うつろな瞳が捉えたモノは。
 「ッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
 ボロ雑巾が喜んで友達になってくれそうな薄汚れた白い巨大な物体。
 「……なんで、村雨が天井から下りてくるッッッ?!?!?!?!」
 まったくだ。さっきまで地下にいたんじゃないのか?村雨……そう、それは、村雨であった。
 その薄汚れた…人というのもおこがましい物体こそが、在りし日の村雨だと分かるとは、さすが若旦那。鑑定眼はかなりのものだ(違)。
 「……すごいですね、如月さん。”あれ”が村雨さんだってすぐわかるなんて…」
 「………いや、白くてあれくらいのサイズで、仕掛けに引っかかって吊り上げられて、下ろされてくるとしたら、村雨以外にはいないと思ったんだ」
 ―ひどい言い方だ。いや、どっちがってわけじゃなく。
 「あ、祇孔おかえり〜ッッ。どうしたの??何でそんなにぼろぼろなの?!」
 『お前のせいだろう』とは、口が裂けようが、また龍脈が乱れようが言えなかった。
 ―それを言ったら泣き出してしまいそうだから。
 「僕らもつくづく甘いですね………」
 「ああ。だが、村雨が犠牲になってくれたおかげで、麻弥も楽しめたみたいだ。それでいいじゃないか」
 「そうですね…もう、終わりましたしね(多分)」
 [要約]要は僕に何も無くて、麻弥が幸せならそれでいいんだ。
 ああもう、こいつらっていったい。

 麻弥が、はたと気付いたように、村雨を運び出そうとしたのだが、とことん村雨には運が無かったらしい。
 「…さて。それじゃ、村雨を母屋のほうに運ぶか(邪魔だ)。麻弥、君は風呂を沸かしてくれないか?」
 「そうですね(汚れたものは、すぐに洗わないと)。」
 「二人とも、優しいねっ。それじゃ、ボクお風呂沸かしてくるから、村雨よろしくね?」
 無敵スマイルで見送る二人。麻弥が蔵を出たのをしっかり確認した後、氷点下のような気温にまで下がる蔵の中。
 「……麻弥に運んでもらおうなんて思うんじゃないよ?村雨…」
 「僕らなりに、”丁寧に”運んであげます……」

 その後、風呂の前に放り出された村雨は、さらに変色していたとかいなかったとか……。

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 やっと終わりました…。実を言うと、本来はこの倍くらいになるはずだったのです!!でも、書いているうちに、構想の半分でこの長さではヤバイと感じて、ここまでとなりました。これ以上長いと、書くほうも読むほうも辛いでしょう?
 というか、これキリリクのSSであって…かなり待たせていたのに、これ以上待たせるのはマズイと。
 こんな作品になってしまいましたが、333HITを踏んでしまった刃迎へ♪

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